令和8年8月août.2026
le 31 lundi 月曜日
//朝のお祈り//2021年のこの日、6:45に可愛いムクちゃんは昇天しました。今年も、その時間に特別なお祈りの時間を。

ただ、ムクちゃんは私の心に生き続けているので、ある種の違和感もあります。いつの日か、この日を忘れる時が来るかもしれませんが、ムクちゃんを忘れたわけではありません。毎日何度もムクちゃんとはお話ししていますので、この日に違和感を感じるのです。

只今、23:30前ですが、本日は朝から晩まで没頭していました。仕事ではあるのですが、陶芸の楽しさに存分に浸れたとの感覚なので、全く有難いことです。明日から9月ですね。中盤から出店シーズンになります。この夏は植木鉢の制作に特化しましたが、それも本日を持って一旦終了。これよりの隙間時間は、通常制作に充てます。八ヶ岳終わってから約二ヶ月は出店がありません。この間、交通社夫妻との旅行がありましたが、基本的には植木鉢ばかり制作。この集中制作期間もあと10日ほどしかありませんが、無駄なく過ごして参ります。


le 30 dimanche 金曜日
//祖母七回忌//朝10時に温泉に行きましてサッパリ整えて昼から山奥のお寺へ。次は十三回忌で私が還暦60歳になる頃。その時は一切を私が執り行うとのことです。

16時から制作開始。まもなく22時です。明日は轆轤、大型の作品をいくつか作って、これで窯大を積載率100%で素焼きできます。

さて、5年前の今日はムクちゃんは生きていました。夜、心ゆくまでお別れの挨拶をしていました。明日は6:45に可愛いムクちゃんにお祈りを捧げましょう。


le 29 samedi 土曜日
//素敵な夢//それは可愛いムクちゃんとは別の幼犬でした。子供が4−5人いる仲の良い家族に迎えられたワンちゃん。その前を私が通り過ぎたら、ご家族がビックリするほどワンちゃんが私を大歓迎する。指を甘噛みしてくる。それから別のシーンですが、そのご家族の家の中なのか、私がいますが、またしてもワンちゃんが見たこともないくらい私に懐いて、ご家族も大いに驚く。そんな夢を見ました。夢の中なのか一旦起きたのか、これはムクちゃんの魂が、生まれ変わって新しいご家族の中で幸せに過ごしていると私に教えてくれたのかと考える。ちなみに31日、午前6時45分、そう、2021年のその時、可愛いムクちゃんは私に抱かれて昇天しました。

ここに来て蒸し暑い日が続いています。今日は地元の夏祭り。花火を見ることができました。これで2回目です。何をするかも大切ですが、どこで生きていくのかも人生の味わい。

本日は窯小を施釉本焼。それから接合作業も終える。明日は法事で喪服なので制作は終わるまで出来ません。おばば様の七回忌。そうなのです。私が、陶芸家になると決めた契機は祖母の他界です。それまでは夢や憧れで陶芸家を描いていましたが、祖母の100箇日に決断しました。今、この決断の正しさを強く思います。全く不思議なのは、今でもそうですが一切の不安がないのです。48歳の時、退職したのですが、どこかに再就職とかではなく趣味から始めた陶芸で生きると。周囲の驚きと不安はそれはそれは甚大であったと思っています。側から見ると破天荒な生き方ですし。でも、当時も今も、不安は一切なく、そうすべきなのだ!!!このために生まれてきたのだ!!!と確信があるので私本人はあの時の感覚そのままに生きています。

ただ、この世界でもないと考えている。陶芸の世界に入りましたが、私がこの世に生み出す作品は「今の水準」ではない。もっともっと美しい作品を生み出してこそ私の存在理由があるのであって、つまりこの世界ではない、新たなる水準の世界に私は生きるのだ。

こういう伸び代は、あの生き方ではありえないことなので、心の奥底から湧き上が情熱があるならば周囲が不安に思ったり反対しようが自分に正直になるべきである。絶対に避けるべきは、嫌だ嫌だで世界を変える生き方。その先に嫌が存在しないとは限らない。一方、情熱で生きるなら世界を変えようが情熱は私についてくる。


le 28 vendredi 金曜日
//戦国時代//54歳にして、ようやくこの時代の面白さを少し知る。昨日買った、昭和四年の『日本三傑傳 豊太閤』を読んでいるのですが、おんな太閤記の記憶が呼び起こされなかなかの読み応え。

さて本日の13時前に三重工房入り。今回は祖母の七回忌もありまして、制作に専念とはいきません。まあ、明日は窯小に施釉して積み込みましょう。前回の失敗を活かして恐れずに施釉します。


le 27 jeudi 木曜日
//楽しい木曜日//朝から2時間ほど制作して入浴。それから高島屋に行って和菓子を幾つか買いまして正午に一旦戻る。お昼ご飯食べて少し休んだらもう一度外出。古書店二店と鶴舞図書館へ。この図書館の地下に湧水があるとのことで行って参りました。水量は豊富でしたが、言うほど冷たくはありませんでした。

不思議ですね。今月は出店がありません。この間、集中制作なのですが不思議ですね、陶芸が好きなので、なんだか大学生のように長い休みを取っている感覚です。そして出店ともなれば小旅行で、仕事という感覚が全くありません。

そうそう、只今、一部国会議員が中国に行っています。国会内では漫才師のような蝶ネクタイなのに、共産党に呼ばれて中国に行きましたら、普通のネクタイ。始めて見ましたよ。まあ、そんな力関係というか感覚というか心情の議員なのでしょう。


le 26 mercredi 水曜日
//充実の水曜日//朝の4時に起きて出発、16時に帰宅。本日は南信濃は和田の観音霊水へ汲みに上がりました。この間、温泉や道の駅に寄ったり、いつものコースですが旅行気分。帰宅して荷下ろし。夕食後、制作しましたよ!!!! 


le 25 mardi 火曜日
//怯えるな!!//前回の本焼きでは釉薬の垂れが怖くなり、少な目で仕上げてしまった。垂れる失敗は無いものの全く美しくなく、全作失敗に終わる。お客さんの立場で言えば、垂れる心配なんて関係ない。それで美しく無い仕上がりを見ても同情してくれず、この作家はこの程度かと素通りするでしょう。この辺り肝に銘じて果敢に進みます。


le 24 lundi 月曜日
//信州お野菜特別便//今月はクール便も含めて二回も!!!!!なんて贅沢なことでしょう。いつもありがとうございます。幸せな月曜日です。朝から、お風呂の残り湯をカラカラの庭に撒く。それから制作して、昼に美容院へ。帰ってからも制作して入浴。夕食食べてから特別便の引き取り。90分ほどお話の花を咲かせて帰宅。それから制作して、只今、23時です。

そうそう、23時前、ゴロリと転がっていましたら、可愛いムクちゃんの匂いがしました。これが5分くらい続いたかな??2021年の8/31に可愛いムクちゃんは昇天しました。以来、一日も忘れることなく私の心に生き続けています。私は命の限り陶芸家として活動しますが、これが終わる頃、つまり私の死期ですが、特別、恐ろしいとは感じていません。それはそれで、ようやくムクちゃんの居るところに行くものだと思っているので、死を感じたら、別なる楽しみの体験が待っていると解釈するのでしょう。ただ、進んでその世界には入りません。生きていても心の内にムクちゃんは動き回っています。いつでもムクちゃんと一緒なのだから、生きている限りは思う存分、美を具現化するまでです。


le 23 dimanche 日曜日
//人生の爆発的発展とは//

夢中に没頭できる事で生きる。これに尽きると思う。成功とか出会い発展は自ずから付いて来るもので、夢中になるものに没頭する毎日で良いのだ。

この動画を見て思うのは、「嫌だ!」という理由で動く結果と「好きだ!」では全く答えが違ってくるものだと。転職理由を例えにするのが一番わかりやすいけれど、どんな衝動があって動くのか!?それが嫌から出発するのと、好きだから動くのでは見えてくる世界が全く違う。


le 22 samedi 土曜日
//暑い//ここにきて残暑復活ですね。本日は13時に名古屋に戻りまして荷下ろししたりお風呂に入ったり。20時から2.5h夜の喫茶店でお話に興じる。三重工房に行っている間、一滴の雨も降っておらず庭木も苦しんでいます。夕立でも良いから雨が欲しいところです。


le 21vendredi 金曜日
//接点とは//この歳だからこそ違和感なく思えるのでしょうが、必要な接点は必要な時に現れる。足りないことを嘆いて前進しない理由とすることもできるけど、日々夢中で過ごしていれば、必要な時に必要な人物が現れ、もっと言うならば物質的にも必要な時に必要なものが現れる。これは大地震が起きた時に、嘆くことより「そんな地震が起きてしまった」と認識する者に、今後展開されゆく世界に似ていると思う。

大きな川を眺めれば、所々に中洲があります。これが偶然ではないと知った時、この世の全ては成る可くして成るものだと認識しました。つまり、偶然にその場所に中洲が出現したわけではない。流路なり粒子なり水量なり、それらが組み合わさって堆積するべくところに堆積したまでなのだ。決して、1メートル上流でもなければ下流でもない、まさに、この場所に現れる計算式によって出現したのである。

ところが、これに気付く前は、意識することもなければ考えたとしても、たまたま、偶然と片付けていたわけです。

中洲でも道端のタンポポの花開く場所であっても、まさに、そこに存在するべく力学が働いた結果なのである。空に浮かぶ雲であっても同じでしょう。自然の移り変わりの全てに偶然もなければ「自然」もないと書いて仕舞えば味気ないのですが、実際にそうであって言い換えるならば「そう成る可くして、そうなった」のである。

ですから人の出会いであっても、「そう成る可くして、そうなった」のである。これが事前に分からないから、偶然と片付けるのでしょうが、偶然など一つもなく、そう成る可くして、そうなったのである。

では、人間には自由は無いのかと問われそうですが、自由とは錯覚で、万物は事前に分からないから自由に思うのであって、大地震が起きた時に嘆く選択をする自由があるのだ。

明日、試作の窯出しです。それを人に見せ得るものなのか?は、実は既に決まっているのだけれど私が知らないだけである。だから私は、自由なわけである。窯出しの結果、どのような行動を取ろうかと、今の段階では幅広く考えることが可能だからだ。でも高僧なら、全く下らないと叱るでしょう。そんな自由は意味ないと。窯出ししたら「成る可くして、成る物がある」のだから、その時、考えれば良いと。大地震が起きる前に憂いても起きた後に悲しんでも意味がないと。起きてしまった。さてどうするか!?

そろそろ本日の結論を書かねばと思いますが、結局は今を一緒懸命に生きる、意味があるとすれば「今」を夢中に過ごすだけ。あとは「成る可くして、成る」人は、それを努力というのかもしれませんね。


le 20 jeudi 木曜日
//ちまちま//本日は窯小を施釉→本焼き。たったこれだけの事ですが、いつもとは違う植木鉢、ちまちまと作業する一日。実験窯の要素が強いので、詰めすぎることもなく25個くらいかな、施釉しました。21時に蓋をするまで、のんびりしましょう。

八月も、もう20日なのですね。8月もあっという間なら、人生も同じく。おそらく死の間際にも命の短さを思うでしょう。人間は喜怒哀楽の別なく過ぎてしまえば「あっという間」と認識できる才能がある。それでも、人生の一時期においては、時の過ぎる、あまりの遅さに嘆いたりもしました。時を刻む感覚は一定なのに、長くもあれば短くもある。


le 19 mercredi 水曜日
//久々の三重工房//名古屋で素焼きした植木鉢ですが、欠けることなく移動完了。13時前に工房入りして、荷下ろしや軽作業など、やはり移動日は生産性が落ちてしまいます。明日は朝から施釉の準備。まずは硬くなった釉薬を元に戻す作業になります。

お盆過ぎれば虫の声。前回の滞在と本日で大きく違うのは、夜に届く虫の声。


le 18 mardi 火曜日
/皆さん無事に//パンパンに詰めた素焼きでしたが、ひび割れもなく全て無事に焼き上がる。20kgの粘土で55個位焼いたのかな?ただ、この先の本焼きも全員無事であるべきで、更に言うなら、一人残らずお嫁に行く。

さて、お盆に大事件というと、東北で開催予定の大型マルシェが、その二日前で中止を発表。これは他人事ではないと関心を寄せているのですが、主催者に対する激しい反発と怨嗟の声が聴かれます。それもそのはずで、琵琶湖の花火と同じで新手の詐欺と解釈することも出来るからです。

さて私は通勤時間が無いので、睡眠時間は8時間近く確保できています。面白いのは、夜しっかり寝ると日中、全く眠くならないのですね。こう考えると8時間睡眠は効率の上でも問題視されることはないでしょう。世の中には30分睡眠の人もいるらしい。ですが彼の動画を見たら、起きている時の質が劣悪なのかと思うくらい、精神的に落ち着きがみえない。ショートスリーパーって、起きている時の生産性が低下しないことに意味があって、生きる屍であるなら本末転倒。


le 17 lundi 月曜日
//コーヒーとドーナツ//朝、少しだけ作業場に入り、それから近所のスタバに行く。トールサイズのコーヒーとドーナツで700円以下。今どき頑張っていますね。実はスタバはブラックが美味しくて、それ以外のコーヒーを頼んだことがありません。

一旦家に戻りまして、天日干しした作品を素焼窯に詰めて点火。再度外出するつもりでしたが、家でゴロゴロ。久しぶりに、制作に追われない時間を過ごす。今回も100%の積載率。一個多ければ、それは入らずの完璧な積載。なんやかんや言っても陶芸から全く離れることは無理ですね。好きで始めた陶芸ですから、絡み付く位で丁度良い。

今朝はどうして過ごそうか迷いました。陶芸する前は、たまにありましたが、こういう感覚は何年ぶりでしょうか??地下鉄で市内をブラブラするも良かったのですが、スタバ滝ノ水店に行ったのが唯一の気晴らしに。

//動静不明の間//インスタでは多くの陶芸家をフォローしています。これは楽しみなことですが、ある陶芸家の投稿がパタリと止むことがあります。彼が陶芸に飽きたわけではありません。制作に邁進しているものの、まだ具現化される前の黎明期。こういう動静不明の作家は案外多くて、その全てが花咲く前の段階。皆が例外なく頑張っている。

結果としては夢中の競い合い。誰かを意識して活動なんてしていませんが、各々が自らの夢中に邁進しているので、第三者から見ると、作家とは夢中の競い合い。自らの作品に惚れ込む事が出来なければ、この先は難しいかもしれません。


le 16 dimanche 日曜日
//逆//本日の夜、一連の制作を終えました。細かく言うと、明日の朝、若干の作業をして素焼窯に積めるだけ。皆様のお休み中は制作に邁進し、お休み終えるころに目途が付く。明日は月曜。美術館の休館日。これで行動が制限される。古書店巡りしても良い、何処か地方都市の喫茶店でノンビリしても良いし。

今朝は悪夢で目が覚めた。ある男が紫色になって頭を下に垂れ下がっている。それは自殺後の姿。お盆だし、実際のところ死んだのではと思っています。毎晩、寝る前は諸々の感謝を捧げた祈りをもって就寝します。それでも、こんな恐ろしい夢を見るのですから、これは事実で一つの挨拶であったと思う。


le 15 samedi 土曜日
//最も作ってみたいのは//宮殿の調度品になるような飾り陶筥か香炉。頭の中には次々と意匠が浮かび上がる。造形として、それは作れる範囲だが、釉薬が定まらない。メッキの技法が使えるなら面白い展開になるのだが。

今日は終日制作。区切り良いところまで行きまして、明日は羽を伸ばすことも出来ますが、やはり制作かな。


le 14 vendredi 金曜日
//粘土の柔らかさ//生産性向上は適切な粘土の柔らかさだと思う。いくらビニールに保存しても時期が経つと外と内の粘度が変わり、これを均一化するのに時間がかかる。最も理想的な解決策は真空土練器の導入。いづれ三重工房も手狭になるでしょう。そんな時には最優先で設置です。

もし8/8から9連休の夏季休暇を持つ身なら、それは前職のままでって言うことですが、私は6日は陶芸に専念していたと思う。おそらく、どこにも遠出せず作陶に専念し深い充足感を覚えていると想像が付く。こう考えると今の立場は天職です。さて8/8から今日まで何して過ごしていたかというと、制作に専念。ただし終日専念できる日は僅かで買い物とか家事手伝いの傍ら制作しています。


le 13 jeudi 木曜日
//お盆くらいは//と魔が差してしまいます。秋になれば、あと一週間あったら良いのに!!!と思うはずなので、常在戦場、お盆であろうが制作です。

もっと美しいものを作ります。そのために産まれてきたのだから、この程度が答えであってはならない。では、どうすれば良いかというと、何をすべきか沸々と頭に湧いてきます。夢中だからこそ得られる閃き、天啓なのだと思う。


le 12 mercredi 水曜日
//特別便の特別便//信州お野菜特別便。本日、素晴しい詰め合わせの冷蔵の段ボールで我が家に届きました。まるで玉手箱の様で、豊富な夏野菜がどっさり詰め合わせ。いつもの事ですが、本当にありがとうございます。

実は次に三重工房入りするのは決まっていません。毎回、任意の日付で移動します。この日、名古屋で歯医者だから、その日までは滞在するとか、そんな感覚。自由の裏づけはどちらに居ても制作できるからです。これは本当にありがたい。

本日は13:30から17時まで制作。


le 11 mardi 火曜日
//スイスイ//お盆ですね。本日名古屋入りしましたが道路は快適そのもの。ですが三重県方面は所々で渋滞していました。長いところでは8/8の土曜日から8/16の日曜日まで夏季休暇でしょう。わたしは全く関係が無くて、どちらに居ても制作ですが、なんだか自由を感じます。そもそも大学を卒業して平日休みにするか週末に休むか選べた訳である。私のような性格は平日休みですが、あの頃は皆と違う休みにするのが怖くて、ただそれだけの理由で週末休みの人間になりました。今思うのは、体勢とは違う時間軸は、極めて心地良いってことです。

夜、二時間ほどお話の花を咲かせに喫茶店へ。


le 10 lundi 月曜日
//素焼き//今回の滞在は短いのですが、すべき事は全て終えまして、ようやくのんびりできる夜です。今回の素焼きも見事100%の積載率。あと一つ多ければ積み残しだし、無ければポカリ穴が空く。

今日も涼しい夜です。酷暑頻発の頃に比べたら5−8度は低い。この低下幅が、夏の終わりの感覚を思い出すのだが、流石に温暖化、秋めいてくるのは、更に5−8度の低下を待つべきですが、それは果てしなく先の話かもしれません。これからの季節は、生死に関わる暑さを20日ほど経験し、命の心配が必要の無い夏に、喜びと情緒と快適さを覚え、これが10月の中頃まで続くような気がする。もちろん猛暑日もあるだろうし平年よりはるかに暑い夏なのだが、生死に関わる日々からの解放は、35度であろうが快適に思えてしまうのだ。

心のうちは誰にも分からない。言うならば非物質の世界。それも心の所有者(本人)しか分からず、他の誰にもその姿形は分からない。ところが、成功者は、その心のうちを信じて邁進し、とうとうそれが物質化しこの世に現れる。誰であろうが、その姿形は知るに至るのだ。

結局、志高く行動するだけなのだ。行動しない者に夢は実現しないし、魚の腐った目で毎日を過ごしても下等な現実しか現れない。

もっと研ぎ澄まされた感性でもって突き進むべきだと、今日は何度も思いました。陶芸は好きで楽しいのですが、奴は狂ってる!!!!と思わせる感覚を私は持ってるだろうかと考えていたのだ。心に描くのは、商売の繁盛や賞賛ではなく、誰も見たことのない圧倒的に美しい姿。この心のうちを物質化するのだ。


le 9 dimanche 日曜日
//今朝の夢は酷かった//またもや前職の夢。なぜか食堂で深夜まで内職仕事。全くの深夜にノブゑちゃんと呼ぶ不器用な女の子が小さな手を見せながら、誰も私のことを気に留めてくれなくて、こんな時間まで働いていましたと涙ながらに訴える。僕はその手を握りしめ深い同情と労りを示すのだが、隣で同じく内職仕事をしているヤング林さんが、そんなことに現を抜かすなと机の下で僕の足を蹴る。その時、深くのぶえちゃんを救おうと決心したのだが、ここで別の自分が現れ、のぶえちゃんを救うより、自分自身を立派に大成せよと。成功者になれば、のぶえちゃんを救うこと(雇ってやること)など誰の目も気にせずいとも簡単だと。

15時前から三重工房の西の雨戸を閉めました。風通しをよくすることが暑さ対策だと思っていたのですが、通風より西日をシャットアウトすることを優先。その効果ですが驚くほど覿面。しばらくして雨戸の裏側を触ると、かなりの暑さ。この熱の侵入を防ぐためにもガラス窓もしめる。再度、時間が経過してガラス窓を触ったところ、少しは暖かいものの雨戸のそれとは全然違う。もっと早く知るべきでした。


le 8 samedi 土曜日
//涼しい土曜日//適度に雲があって風が吹いていて涼しい一日。本日からお盆休みの会社もあるでしょうね。

そうそう三島由紀夫全集が欲しくなりました。さてスマホもテレビもない戦前の日本、識字率も高く読書熱は相当なものがあったようです。今、読んでいて面白いのは溢れる書籍に対して限られた人生。何を読むべきかを指南する書。あのころ、そういう方面の書籍も分野として確立していました。経済は哲学は美術は、コレコレを読むべしと。案外、取り揃えていまして、蔵書と一致する記述を読むと、ちょっと自慢もしたくなるのですが、したところでだれも見向きもしない趣味であり、ここに書く次第。


le 7 vendredi 金曜日
//花笠まつり//久しぶりに作陶に専念出来ました。それにそれに昨日に引き続いて心地良い一日。youtubeで花笠祭りの中継を見ていましたが、金曜になのに本日最終日とのこと。高山祭とおなじく土日は関係ないようです。短い東北の夏。そのお祭りだけあって22時近くまで踊っています。

青森のねぶた祭りや長岡や大曲の花火など、この目で見てみたいお祭りはありますが、当地で宿泊できる「あて」のない地域外の人間にとっては、かなり難易度の高い催しでありますね。


le 6 jeudi 木曜日
//峠を越えると//本日の最高気温は35.7度でした。ところが10日程前は40度近い日が連続していて、そういう体験をすると、酷暑日であっても涼しく感じるのです。それと遠くの台風の影響なのか南風が心地良く吹きこんでくるのですが、内陸の緑区に到達する頃は湿気が蒸発するのか蒸し暑い風でもなく、爽やかな南風で、ちょっと不思議な感じです。


le 5 mercredi 水曜日
//名古屋一号窯で素焼き//すっかり古びてしまった名古屋一号窯。三重工房が出来てから素焼のみとして負担も減らす。もちろん、ここで詰め込む作品は名古屋で作ったものに限定されます。ようやく積載率100%になったので本日点火しました。

そうそう、怒涛の通院介助も、本日の眼科でいったん終了。次回は来月に一回の予定。


le 4 mard 火曜日
//落選通知//これにて秋の出店もほぼ決まりました。今年は春季に落選が一回、秋季に4回。まあ来年の楽しみに残しておきましょう。年間5回の落選を経験した私ですが、確実に言えることは、この道に入ってから、毎年、進化発展、向上しています。答えも簡単で、より美しい作品を産み出せば、自ずと世界も広がると。本当に救われています。

例えば、転職を繰り返す人もいます。ここではなかった!と結論を出し、違うところに行くものの、そこでもなかったと、更なる転職に動く人。もし私の生き方が、これでなかった!あれでもなかった!!きっと別なところにあるとオアシスを探す放浪的な生き方をしていたなら、きっと今でも、別にある!!!と同じ行動をしているか、世の中を恨むか、外に出たくないと引き籠っているでしょう。

私は5回落選をしましたが、来年は陶芸をやめてガラスにしようとは考えません。いや同じ陶芸であっても、全く別なるものにしようとも考えません。ただ、より美しく制作するだけだ!と毎日、同じ気持ちです。これが故に私は心底幸せだと感じ入るのです。


le 3 lundi 月曜日
//委縮//父上が先日受けたMRIの結果を聞きに掛かり付け医の元へ。脳は年相応に委縮していて、委縮は事実だが特異なことではない。特異なのは小脳の萎縮。父上が歩きにくかったり、ろれつが回らず聞き取りにくいのは、小脳の萎縮に起因していたかと思うと、新たな現実を受け入れなくてはと妙な気持ちになりました。

ですが、それは事実で無かったことにはできない。残存能力の維持を最大限に計る、これしかありません。知恵と工夫で、小脳は回復しないけど生活の質は向上した、そんな結果をもたらしましょう。

7-8-9月と父上の通院介助がかなりの頻度です。これが可能なのも陶芸家になって毎日が自由だからです。前職を辞めたころ名古屋にも三重にも制作の場所を確保して、来るべき介護に備えなければと、強い危機感を感じていました。実際その様に整備して機能しているのは先見の明だとも言えます。とてもじゃないけれど勤めていたら対応できませんでした。いや、無理して対応したとしても陶芸をする余地は全く無く私自身が疲弊したと思うのです。今は陶芸家として日々充実しているし介助も柔軟に対応できる。


le 2 dimanche 日曜日
//有り難い夕立//今年も暑いのですが、去年とは違って10-15日に一度は激しい夕立が降り、死にかけた草木が救われています。一昨年の猛暑とか一か月くらい雨もなく大旱魃でしたが、そういう意味では、どことなく弱い気配も感じる夏になっています。夕立の有り難いのは、それだけで3度ほど気温が下がりますし、充分に冷えた地表面は翌朝の気温上昇が抑えられます。

//その都度、何を選択するのか?//尊敬する作家さんがいます。彼の作品は大英博物館が収蔵したいと申し出るくらい。その彼は代々続く名門でもなく、彼の興味によってその道を進んだ。一代で築き上げた美の帝国です。

彼は人類が驚くような美しい作品を産み出しますが、その美は彼がその都度選択し行動し作り上げたものです。どこからか盗み取ったものではない。この事実は極めて重要で、美や価値、富や名声は、その完成形が天から降ってきて彼が第一発見者として届け出たものではない。まったく別の姿をしたモノや、その時々の選択や行動が積み重なって、最終的に形となる。つまりですよ、美や名声、富や価値は、別の姿をしてこの世に充満している。その別なる姿の彼是を、信念というブレない軸でもって間違えることなく選び続け形にしていくものであると。

こう考えると、まず最初に信念があって、その信念を具現化する素材は、この世に別な姿で存在している。

一連の流れが具現物になるには一定の時間は必要である。この間に信念がブレると、世の中に美は産まれない。美や名声、富や価値を産み出すのは、そうなるまでの本人にも分からない、この先の時間を動揺することもなく確固たる信念を持ち続け、夢中で行動する情熱の有無が成否を分かつのでしょう。

やる気がなくなった気が変わったと思ったら信念がブレているので、美や、それが齎す諸々の富は具現化されない。こう書くと座禅のように一心不乱に継続する難行苦行と思われるかもしれませんが、彼が若くして大英博物館に選ばれたのは、夢中が成せる技だと思います。

まとめるなら、
夢中でないものに取り組んでも大成しない。夢中であるならば、それを具現化させる素材は別なる姿でこの世に充満している。甘い果実は砂糖や蜜を注入した訳ではない。ただ果樹は、子孫を残そうと、それだけの思いで水や太陽光を取り込んだだけである。それを懸命にしただけである。


le 1er samedi 土曜日
//御縁広がる制作を//今月出店の予定はありません。ですが余裕があるわけではなく、とにかく制作に邁進して繁忙期に少しでも自由が確保できるように頑張るだけです。

//飯田りんごん//陶芸を始める前、ずいぶん長い期間、地方都市で過ごす夜を実践していました。その中で飯田市は格別に味わい深く通い詰めたものです。飯田では7年に一度の大きなお祭り(お練り祭り)がありまして、2回見に行ったこともあります。あの時から孤独の道で、7年後は〇〇歳かと人生を思うのでした。三回目のお練り祭りはネット中継を見ていた気がします。こんなに飯田が大好きなのに、年に一度の大きな夏祭り、飯田りんごんだけは一度も現地に赴くことはありませんでした。本日がまさにその日なのですが、これも例年のごとくネットで中継を見ています。


 
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