令和8年8月août.2026

le 8 samedi 土曜日
//涼しい土曜日//適度に雲があって風が吹いていて涼しい一日。本日からお盆休みの会社もあるでしょうね。

そうそう三島由紀夫全集が欲しくなりました。さてスマホもテレビもない戦前の日本、識字率も高く読書熱は相当なものがあったようです。今、読んでいて面白いのは溢れる書籍に対して限られた人生。何を読むべきかを指南する書。あのころ、そういう方面の書籍も分野として確立していました。経済は哲学は美術は、コレコレを読むべしと。案外、取り揃えていまして、蔵書と一致する記述を読むと、ちょっと自慢もしたくなるのですが、したところでだれも見向きもしない趣味であり、ここに書く次第。


le 7 vendredi 金曜日
//花笠まつり//久しぶりに作陶に専念出来ました。それにそれに昨日に引き続いて心地良い一日。youtubeで花笠祭りの中継を見ていましたが、金曜になのに本日最終日とのこと。高山祭とおなじく土日は関係ないようです。短い東北の夏。そのお祭りだけあって22時近くまで踊っています。

青森のねぶた祭りや長岡や大曲の花火など、この目で見てみたいお祭りはありますが、当地で宿泊できる「あて」のない地域外の人間にとっては、かなり難易度の高い催しでありますね。


le 6 jeudi 木曜日
//峠を越えると//本日の最高気温は35.7度でした。ところが10日程前は40度近い日が連続していて、そういう体験をすると、酷暑日であっても涼しく感じるのです。それと遠くの台風の影響なのか南風が心地良く吹きこんでくるのですが、内陸の緑区に到達する頃は湿気が蒸発するのか蒸し暑い風でもなく、爽やかな南風で、ちょっと不思議な感じです。


le 5 mercredi 水曜日
//名古屋一号窯で素焼き//すっかり古びてしまった名古屋一号窯。三重工房が出来てから素焼のみとして負担も減らす。もちろん、ここで詰め込む作品は名古屋で作ったものに限定されます。ようやく積載率100%になったので本日点火しました。

そうそう、怒涛の通院介助も、本日の眼科でいったん終了。次回は来月に一回の予定。


le 4 mard 火曜日
//落選通知//これにて秋の出店もほぼ決まりました。今年は春季に落選が一回、秋季に4回。まあ来年の楽しみに残しておきましょう。年間5回の落選を経験した私ですが、確実に言えることは、この道に入ってから、毎年、進化発展、向上しています。答えも簡単で、より美しい作品を産み出せば、自ずと世界も広がると。本当に救われています。

例えば、転職を繰り返す人もいます。ここではなかった!と結論を出し、違うところに行くものの、そこでもなかったと、更なる転職に動く人。もし私の生き方が、これでなかった!あれでもなかった!!きっと別なところにあるとオアシスを探す放浪的な生き方をしていたなら、きっと今でも、別にある!!!と同じ行動をしているか、世の中を恨むか、外に出たくないと引き籠っているでしょう。

私は5回落選をしましたが、来年は陶芸をやめてガラスにしようとは考えません。いや同じ陶芸であっても、全く別なるものにしようとも考えません。ただ、より美しく制作するだけだ!と毎日、同じ気持ちです。これが故に私は心底幸せだと感じ入るのです。


le 3 lundi 月曜日
//委縮//父上が先日受けたMRIの結果を聞きに掛かり付け医の元へ。脳は年相応に委縮していて、委縮は事実だが特異なことではない。特異なのは小脳の萎縮。父上が歩きにくかったり、ろれつが回らず聞き取りにくいのは、小脳の萎縮に起因していたかと思うと、新たな現実を受け入れなくてはと妙な気持ちになりました。

ですが、それは事実で無かったことにはできない。残存能力の維持を最大限に計る、これしかありません。知恵と工夫で、小脳は回復しないけど生活の質は向上した、そんな結果をもたらしましょう。

7-8-9月と父上の通院介助がかなりの頻度です。これが可能なのも陶芸家になって毎日が自由だからです。前職を辞めたころ名古屋にも三重にも制作の場所を確保して、来るべき介護に備えなければと、強い危機感を感じていました。実際その様に整備して機能しているのは先見の明だとも言えます。とてもじゃないけれど勤めていたら対応できませんでした。いや、無理して対応したとしても陶芸をする余地は全く無く私自身が疲弊したと思うのです。今は陶芸家として日々充実しているし介助も柔軟に対応できる。


le 2 dimanche 日曜日
//有り難い夕立//今年も暑いのですが、去年とは違って10-15日に一度は激しい夕立が降り、死にかけた草木が救われています。一昨年の猛暑とか一か月くらい雨もなく大旱魃でしたが、そういう意味では、どことなく弱い気配も感じる夏になっています。夕立の有り難いのは、それだけで3度ほど気温が下がりますし、充分に冷えた地表面は翌朝の気温上昇が抑えられます。

//その都度、何を選択するのか?//尊敬する作家さんがいます。彼の作品は大英博物館が収蔵したいと申し出るくらい。その彼は代々続く名門でもなく、彼の興味によってその道を進んだ。一代で築き上げた美の帝国です。

彼は人類が驚くような美しい作品を産み出しますが、その美は彼がその都度選択し行動し作り上げたものです。どこからか盗み取ったものではない。この事実は極めて重要で、美や価値、富や名声は、その完成形が天から降ってきて彼が第一発見者として届け出たものではない。まったく別の姿をしたモノや、その時々の選択や行動が積み重なって、最終的に形となる。つまりですよ、美や名声、富や価値は、別の姿をしてこの世に充満している。その別なる姿の彼是を、信念というブレない軸でもって間違えることなく選び続け形にしていくものであると。

こう考えると、まず最初に信念があって、その信念を具現化する素材は、この世に別な姿で存在している。

一連の流れが具現物になるには一定の時間は必要である。この間に信念がブレると、世の中に美は産まれない。美や名声、富や価値を産み出すのは、そうなるまでの本人にも分からない、この先の時間を動揺することもなく確固たる信念を持ち続け、夢中で行動する情熱の有無が成否を分かつのでしょう。

やる気がなくなった気が変わったと思ったら信念がブレているので、美や、それが齎す諸々の富は具現化されない。こう書くと座禅のように一心不乱に継続する難行苦行と思われるかもしれませんが、彼が若くして大英博物館に選ばれたのは、夢中が成せる技だと思います。

まとめるなら、
夢中でないものに取り組んでも大成しない。夢中であるならば、それを具現化させる素材は別なる姿でこの世に充満している。甘い果実は砂糖や蜜を注入した訳ではない。ただ果樹は、子孫を残そうと、それだけの思いで水や太陽光を取り込んだだけである。それを懸命にしただけである。


le 1er samedi 土曜日
//御縁広がる制作を//今月出店の予定はありません。ですが余裕があるわけではなく、とにかく制作に邁進して繁忙期に少しでも自由が確保できるように頑張るだけです。

//飯田りんごん//陶芸を始める前、ずいぶん長い期間、地方都市で過ごす夜を実践していました。その中で飯田市は格別に味わい深く通い詰めたものです。飯田では7年に一度の大きなお祭り(お練り祭り)がありまして、2回見に行ったこともあります。あの時から孤独の道で、7年後は〇〇歳かと人生を思うのでした。三回目のお練り祭りはネット中継を見ていた気がします。こんなに飯田が大好きなのに、年に一度の大きな夏祭り、飯田りんごんだけは一度も現地に赴くことはありませんでした。本日がまさにその日なのですが、これも例年のごとくネットで中継を見ています。


 
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