令和4年7月juillet.2022


le 31 dimanche 日曜日
//買いだめ//某100円ショップで売っているノートが私好みで、これにアイデアを書いたり調合をまとめたりと、それらが本棚に揃ったら素敵だろうなと思いまして、只今、買いだめ。
円安と資源高で、廃版になるかもしれないし、頁数が少なくなるような気もして。50冊近くになりますが100冊あっても良いと思っています。

明日から八月です。一年前に思い描いていた過ごし方は何一つ成し得ていません。とにかく自分の技量を高め、この夏は夏で実り多きものといたします。


le 30 samedi 土曜日
//亜熱帯//昨日に引き続き、本日も津往復。さて、九州の西に熱帯低気圧なのか台風なのかありまして北上。この場合、九州、四国、紀伊半島の南東斜面は大雨が降る。このおこぼれなのですが、三重県中部にも黒い雨雲が帯のようにある。行きも帰りも大雨に遭遇。名古屋あたりだと同じく熱いのですが晴れて入道雲、湿度も低い。ところが、こちらの気候は、そこまで暑くないのですが、物凄い湿度に、時にスコールの様な大雨。

いづれ、私の生活の拠点は移動しますが、ある時、名古屋には無い、独特の南の湿度を両手で受け入れる三重県の気候に、生活の変化を実感するのでしょう。それは寂しくもある一瞬ですが、私は、どんな天候でも美しく情緒的に受け止める所があって、まるで亜熱帯の様な湿度や雨風にも、その美しさに見入るのでしょう。

私が全く自由なら、滋賀県北部の琵琶湖沿い、信州南部、瀬戸や土岐、多治見あたりで、当地の天気に心動かされるのでしょうが、人生は不思議なもので、これもまた素晴らしき御縁。


le 29 vendredi 金曜日
//生臭坊主の怠慢//付き合う坊主も選べたら良いのですが。。。さて、本日は祖母の三回忌。待てど、ちっとも坊主は来ない。電話したら、坊主ダブルブッキング。明日なら出来ると、津に行って戻って、もう一度、津。これでお布施だのお車代だの。車代は坊主がこちらに払うものでは??

それでも坊主を選ぶ時代ではないので、これからも付き合いは続く。何か得られるとしたら、私が同じことをしたら、一瞬で信用は崩れる。生臭であってはならない。


le 28 vendredi 木曜日
//サルの疱瘡//サル痘。 WHOが芸の奔放な性交渉を戒める声明を出したそうでAIDSが芸の病気だと非難攻撃され、35年~掛けてようやく沈静化したというのに、また肩身の狭い生活が来るのでしょうか?   


そうは言いますが、芸の素晴らしさは奔放な性の謳歌だと思っています。変態的な性交渉は芸術にさえ思えます。これを楽しむが故の全人間的な表現の発露。と、心の中では芸の性の美を思うのですが、それのみに執着する生き方は、また滑稽であり陳腐。それこそサルなのだと。 
 私たちは、どこかに常人離れした狂気や、それに付随する美を持ち合わせているものの、やはりそれより上位に社会性を持ち合わせなくてはと思う。芸であっても常識の世界で対話したり挑み続けてこそ輝くのだと思う。寝食以外にすることが性交の相手探しとか、芸のみで集い、年に一二度、公道でストリップショーに近い示威行動で権利を主張する、その手段に何の躊躇もない感覚の劣化。 今後、サル痘のニュースが広がり、それが芸の性行動と強い関連があり、これに公道でのストリップもどきの映像でも流されたなら、確立した地位など音を立てて崩れていくのかも知れません。 全く皮肉ですが権利確立の運動が不利益に利用される。詰まるところ、目立ちたいのと、所かまわず目立つのと、狭い世界故の感覚の劣化なのだと思う。


le 27 mercredi 水曜日
//水曜日が終わる//明日が水曜日だと思っていたのに!!!!!!!!

夜中、雷と豪雨の音で目が覚めた。心底ケチだと思うのが、今、車を出せば洗車されると。。悶々としていたら上がってしまったのですが、我ながら実にケチだと思う。
相変わらず、手についた泥は、最初に洗うバケツがあって、次に洗うバケツもある。このバケツは一週間程度取り換えません。沈殿した泥を回収するからです。床に積もった砂埃は、細かな篩で土と、その他に分ける。土を回収するためです。釉薬の拭き掃除も、雑巾を最初に洗うバケツは固定。

情熱を生業とするので、私の時間は睡眠や入浴・食事以外は陶芸の周辺にあるのだろう。一日は24時間だから無駄な時間の回収も徹底しないと


le 26 mardi 火曜日
//夢に出る//来月の末日で可愛いムクちゃんの一周忌。たまに夢に出てきますが、そのムクちゃんは会いに来てくれるのに目は閉じたまま。毎回、閉じたまま。例外はありません。どれだけ思っても、ムクちゃんの魂はあるべき所に旅立った故でしょう。

運転していると、以前、この場所で交通事故が遭ってどなたか亡くなられたのだろうと、生けてあるお花で読み取れます。そうと気づいたときは、手を合わせるのですが、そのお花が生き生きとしていると、ご遺族のことも思ってしまいます。亡くなられた魂とご遺族の平安と、まったく存じ上げない方ですが、旅人がお地蔵さまに手を合わせるのと同じで、そうと気が付いたなら、一瞬でも心を寄せる。私は一人で生きていく道を選びましたが、生涯、心を寄せる人間でありたい。


le 25 lundi 月曜日
//一致した//23日の日記の末尾、注器のことですが、想いと指先が一致し始めました。帰宅後陶芸には限度がありますが、当分、注器は集中的に作ろうかと思います。

手回し轆轤で、如何に格好良い意匠にするか、しばらく前から挑んでいたのですが、何か心ここにあらずで冴えがありませんでした。ところが、本日は違った。


le 24 dimanche 日曜日
//気づいたら//22時でした。19時に信州夏野菜特別便を戴に上がり、お話。三時間話し込んでいました。いつもありがとうございます。22時と気がついたときが、流石にびっくりしました。一瞬ですよ、一瞬。

明日から月曜日。ガムバロー


le 23 samedi 土曜日
//改善//まるで秋が来たような涼しき北風に青空。本日も終日、自宅陶芸。ロクロの径を最大限使っての表現は、際に難渋して、結果的に一回り小さきものへと妥協する。ところが、本日、小さな試みが成功しまして大いなる改善になりました。

技法を新しく見つけるのは、他に何一つ成功しなくとも、心穏やか。大収穫です。


le 22 vendredi 金曜日
//良い番組でした//最近のNHKより遥かに立派。もまた良き内容。

今存在しているということは、自分が考える以上に意味があって、意味ある背景を背負って、どの様にして生き抜いていくのか。
 この生き様こそが生きる意味だと思う。この命は、どの様にして生き抜いてきたのかと、知ってもらう相手は、実のところ私たちが生まれる直前まで居た魂の安息場所なのかと思う。


le 21 jeudi 木曜日
//表裏の一致//陶芸に対する思いに裏も表もありません。完全なる一致。ところが、本日も想いと作りが一致しない。  本日、瀬戸市美術館に行きました。皇室に献上した名品の数々。この手の展示を見た後は似せたものを作ろうとしますが、帰宅後陶芸で手は違う動きをするのです。

心の内は語ります、今は注器を洗練させよと。


le 20 mercredi 水曜日
//俗にいう//夏休みが始まります。これは邁進するのも怠けるのも全く自由で、それは私の将来の在り方と何ら変わりがない。浮かれた気持が湧いたとしても、競い合う相手は夢の中でも陶芸に勤しむ猛者。私は全く自由だ。時間やお金の使い方、思索の方向、余暇や睡眠の在り方さえ、猛者は狂気に似た感覚で陶芸に寄り添っている。私は、どうだ。


le 19 mercredi 火曜日
//人はたいてい、//変な人。だと思う。皆、何かしら他人から見れば理解不能な側面を持っている。それを個性とも言いますが、皆、実に実に変な人です。思えば、我が人生の出会いは変な人列伝と言っても過言ではない。ぷっと笑ってしまう面白い変な人もいれば、猜疑心が、高慢が過ぎる人もいるし攻撃的な人、怠け者、虚言癖。皆どこかに変な側面があるけれども、それが愛されるものかどうかは大変に重みのある問題だ。

とても自己の正当性を訴える人がいる。如何に自身が正しくて相手方が不当か訴える。私は不当な環境で我慢を強いられていると訴えたりもする。だけれど、年単位で見ると、その人の周辺、つまり、その人とAさん、その人とBさんと言うように、その人と誰かの争いしか起きていない。それを指摘すると、その人と私の紛争になるだろう。

出会う人には、どこか相容れない側面があって当然ですが、それを、私は我慢しているのだ!!と心広く許すという感覚がないと、人生は紛争地帯に成るのでしょうね。そりゃ、紛争地帯から人は去りますわ。


le 18 lundi 月曜日
//本日も//終日作陶。ロクロの前に座ると勝手に手が動く。香炉が作りたいな、と思っても内なる自分の同意がないので、全く別なものを作る。表の私も、今は香炉を作る時ではないと解釈するので未練はないのですが、想いが一致した時は驚くべき手技になります。そういう瞬間が早く来ないかないかと。

去年の今頃は、可愛いムクちゃんの介護でした。8/31まで毎日を味わい深く過ごしました。今年は陶芸に専念です。夏の浮かれた気持が湧いてきたら、私の表現は劣化する。


le 17 dimanche 日曜日
//降ったり止んだり//飯田のライブカメラを見ながら作陶。丁度、会場が映るカメラがあって人の入りも確認できる。

本日も終日作陶。一つ良かったことは、孤独を良きものとして解釈している本の紹介。少し前、孤独の弊害を訴える本の紹介を見ましたが、これとは全く逆です。良かったというのは、私のように意思があって進んでする、意味ある孤独は人生を大変に豊かにするそうです。孤独の弊害というのは、望みもしないのに味わう孤独が大変に害悪のある厄介者であるということ。

私も、孤独の効用を陰に陽に感じていたので、弊害を列挙する本の紹介は衝撃的でしたし違和感もありました。これにてスッキリしましたので大手を振って孤独道を邁進します。

良い孤独

悪い孤独


le 16 samedi 土曜日
//考えた末//三連休初日、作業場に籠り明日を考える。日曜日は飯田市丘の上で日曜朝市がある。これを見に行こうかと考えていましたが、ここに来ての感染急拡大なので、心に多少の迷いがあるなら行くべからずと、見合わせることにしました。明日も作業場です。

今年はナメクジを一度も見ていない。この不思議は母上も思っていたとのこと。その代わり蟻が異常に多いと。


le 15 vendredi 金曜日
//11:50出発//正午前、100%の充電で瀬戸市からスタート。恒例の飯田市南信濃町和田集落へ水汲みです。今回の途中充電時間は100分。長いと思われますが適宜の休憩で安全運転の裏付けです。

天龍村で買い物の時間がありました。最近出来た村唯一のスーパーを覗いたのですが、地場の品揃えが全くなっていなく、向かいの平岡駅にある昔からある雑貨コーナーに。こちらの方が天龍村色が濃く新茶とか買いました。

雨上がりの南信濃。霧が低い所から山の上に登っています。今回、ビックリする光景を見ました。山の沢があるだろう窪んだ地形から雲が湧いているのですが、これは山のあちこちであることです。ビックリしたのが、そのうちの一つ。上昇気流が発生したのか音は無いものの、霧がものすごい勢いでその窪地から登っていました。昔の人は、あれを見て天に龍が登ると感じたのでしょう。

21時過ぎに帰宅。


le 14 jeudi 木曜日
//カエルの鳴き声//雨降りの夜です。家から北に100mも行けば公園の中に区を跨いで鎮座する大きな池があります。そこから出張に来たのでしょうか、我が家の庭から蛙の声が聞こえます。温暖化が進み、行動範囲も拡大したのでしょうか?昔ではなかったことです。今のところ、一匹だけですが、呼応する声とか聞こえたら夏の水田ですよ。

安倍総理の国葬が決まりました。この偉大なる喪失を全国民が表明し、そして日本に忍び寄り巣くう邪な一切との断絶を各界が決意し表明し実行してもらいたいです。様々な経緯や悪しき慣行があっての白アリですが、これを契機に駆除を願うものです。


le 13 mercredi 水曜日
//我慢したった//気位が高いというか心が狭いというか、そういう人が度量の広さを示したりする時、「許したった」と言いますが、それは許しでもなんでもなく我慢しただけ。許すという言葉を使うだけストレスもたまる。水に流して心に蟠りも残さないのが本来の許しであると思うが、その人から心の狭さを感じるなら、未だ我慢したの域なのだろう。だから何かの折で人間関係がこじれた場合、通常なら事件の一つとして処理出来るものを我慢の封印も解かれるから、周辺が呆れるほどの怒りとか執着を見せるのだろう。

許すことは我慢すること、と解釈する人が身近にいるのなら、別れる際は用意周到に。


le 12 mardi 火曜日
//訂正//昨日の日記の同志社大学の下りは大学側が否定しましたので誤りになります。ですが大意に変更はありません。ニュースで荼毘に伏される前の沿道の群衆を見ると悲しみが新たになります。

私の考えとは違う政治家も、勇退する時、例えば小泉さんですが、信念は違えども思うところに邁進する姿は感銘を受けたと日記に書いた覚えがあります。安倍さんを思うと、志を他人に奪われ命尽きる。あまりにも悲劇的で、このような空虚感を数日経っても覚えています。大政治家です。


le 11 lundi 月曜日
//大いなる損失//事件の背景が少しづつ明るみになってきました。母親が破産するまで韓国系宗教団体に寄附したとか、それで家庭が崩壊したとか、同志社大学工学部を中退せざるを得なかったとか、、、、だからと言って安倍総理を暗殺する理由にはならない。日増しに安倍さんが亡くなられたことが、今後の日本にとってどれだけの損失なのかと。心痛みます。
 彼の心の鬱憤は晴らせたでしょう。だから情報が日増しに増えてくる。彼は、自分と同じ思いの人間をこれ以上増やしたくないと象徴的な行動に出たのかもしれない。だからと言って安倍さんを暗殺する理由にならない。自分と周辺の救済のために日本や世界にとって大切な大政治家の命を奪うなんて、あり得ません。なのにそう思い込む心理は破産した母の悲劇と変わらないものを感じます。

庭から虫の音が聞こえます。二度目の梅雨の様な週間天気予報。変な夏です。


le 10 dimanche 日曜日
//参議院選挙//20時になりました。趨勢は分かりましたので、見所は社民党を含めた泡沫政党の動向に以降。
民放の一つくらいは、泡沫に焦点を当てた番組構成にしたら、そこそこの視聴率は稼げるのかも。

安倍さんは亡くなられた。その意志は選挙後力強く動き出すのであろう。明日は月曜日、私も私の道を一生懸命に力強く。


le 9 samedi 土曜日
//党員//私の投票行動は10年来決まっている。一貫しているので支持する政党の党員になっても良いと、たまに思うことがあります。そして毎回、今回は取りやめと後回し。理由も一貫していて、党員という立場から、未来の投票行動を縛られる感覚が自由意思の阻害に思えて仕方ないからです。全ては内心の問題ですが、党員が党を裏切るなんて信義に反すると思うのですよ。でも、将来にわたって、その政党が私に近しい存在とは保証できない。

例えば、長野県民だとしたら、あんな候補を担ぎ出した党の在り方には反発しかないのです。仮に、党員が故、勢いで期日前投票してこの期に及んだとしたら、私は後悔するしかない。


le 8 vendredi 金曜日
//合掌//安倍元総理大臣が凶弾により亡くなりました。心よりお悔やみ申し上げます。同時に悲しみと憤りが混在しています。

民主主義の最高の瞬間は選挙です。国民の喜びも悲しみも励ましも憤りも、平等に発露出来る、そしてそれは国の在り方さえ決めることの出来る尊くて力強い仕組み。主権在民。ですが、この期間は民主主義にとって最も脆い。(ex,米国大統領選挙にロシアが介入する時期と意味)
最も脆い期間が最も重要である。これを国民の高い意識によって、相反する見解の持ち主でも舌戦の枠で収めていた。ここに不当な介入や暴力が介在すると尊き仕組みは一瞬で破壊される。国民の意思とは別の方向に国家が導かれる。
この脆さを乗り越えるから民主主義があるのであり、乗り越えるからこそ独裁国家に比べて最終的に打ち勝つ力の根本だと考えています。

選挙の応援演説中に銃撃され、安倍晋三元総理は亡くなりました。投票は必ずして民主主義の仕組みを歪める勢力には反対する。私に出来ることはこの程度ですが、この仕組みのある国民であり続けたいと心から願う。


le 7 jeudi 木曜日
//母は言う//ここ数日心の底でソワソワとした落ち着かない思いの正体はこれね!!
何でも値上げで、もはや干し柿位しか糖度高くて満足のいくものはない。買わずに済むもので言ったら。。。。と発言したら、そういうところを考えるのではなく、好きなものが買える様に成るその道筋を考えよと!!!!!!!

たしかに後手に回っていた気がする。ケチることは色々書かせて貰っていますが、目指すところは欲しいものが買えるようになること。そのための工程。好きなところに行けれるように、美味しいものが食べられるように、お土産を買えるように。そして募金とか財布を気にせず出来るように。ソワソワはスタートの時期が迫ってきたという知らせ。それを母の口から聞いたと。


le 6 mercredi 水曜日
//その人は34歳であった//瀬戸に来てからよく目が合うというか、そういう人がいました。本日分かったのですが東京藝大出の陶芸家。

だからと言って何かが変わるわけでもないのですが、とにかく嬉しい。粘土に魅了された同志です。作る方向は違えども、足を引っ張るわけでもなし、その人の持つ造形力を知れることは、ただただ嬉しい。世界が広がる。
 粘土を前に何かを作ろうとするとき、それはその人の持つ純粋な形。邪な発想がなく、良きを信じて作る行為を知れることは、ただただ嬉しい。


le 5 mardi 火曜日
//夢は//小さな作家市でも良いのですが、好きな町に行きテントを出して、そしてその町に泊まったりすること。例えば飯田の日曜朝市なら毎月第三日曜日。大好きな飯田に月に一度行けれる喜び。 毎週、出歩くと大変ですが、月に2回、このような過ごし方があったならと。

あとは、良きものをとことん追求しなければならない。大袈裟に言いますが、陶芸に燃えている人は夢の中でも作っているような人ばかり。
では、時間に無頓着で良いものを追求すれば良いかというと、これも問題が大である。この背反する要素をまとめるには次のことが肝要かと。
●より良きものを作る作家であり続ける。
●その中から、生産品目を絞る。
●そればかり作る。
●生産工程に慣れが生じ、良きものを効率よく作れる。

この水準の生産工程を、私は5-6品種持ち合わせるべきである。そして、この5-6品種は徹底して良き品質であるべき。今はというと1種しかない。

この日記では怠け心を戒める記述は多いのですが、自らの心の有り様が凡々の枠内なら笑い話である。相手は夢の中でも轆轤を曳いている。明日の向上の知恵と工夫を夢の中で見出している。
でも、一日は24時間で365日である。働き詰めでも上限はあるだろうし健康を維持する睡眠や休息も必要であり、なおかつ私は50歳である。
効率は重視すべきである。日々健康な心身で陶芸に挑める環境の構築。昼寝一つでも、次なる上質の確保を目的とし、整理整頓は上質な労働環境。適度な運動や健康な食材は言うまでもなく、高めあう仲間との適切な交流。
そして最も重要なのは瞑想の時間。私の内なる魂との会話である。私の内なる存在もまた陶芸が好きで好きで仕方がない。私もより良き明日の知恵と工夫を考えるし内なる存在もまた然り。これを受け止めてこその劇的な生産性の向上である。
才能ある皆が一生懸命である中で、頭一つ抜け出すには、私はもとより内なる存在との一心同体で常時する交信。 夢の中でも頑張る人は、既にそういう存在であるのだ。


le 4 lundi 月曜日
//それは私の遅い青春だった//
50にして振り返り、何が青春だったかというと一人飽きもせずフランスの80年代90年代辺りのヒット曲を聴きながら夜中、早朝、信州をドライブしていたあの頃。30代の私ですが、とても充実していた。全く陶芸のひとかけらも出てきませんでしたが、あの心持ち。自由と孤独と目的地に行く前進と。
 たまに、あの頃の曲を聴くとあれが私の最も充実していた頃なのだろうと、通り過ぎた信州の光景が目に浮かびます。

全ては今を生きるにあたっての味わいです。日に沸々と湧いては消える諸々の出来事も今を生きるにあたっての味わい。これがあっての私です。


le 3 dimanche 日曜日
//涼しい//一昨日に比べたら10度ほど気温が下がる。あれだけ晴れていたのに、どこに雲が隠れていたのでしょう。梅雨に戻ったような一日でした。

直径が5cm程度で高さが13cm程度なら簡単に作れる。これが20cmに近づけるのが本当に難しい。しかし、簡単にこのような筒を薄く引き上げる技はあるはず。これが自宅での課題になります。

明日から月曜日。しばらく雨の日だそうです。
ふと、思う。睡眠は大切。これを削る生き方は良くない。それは守れていたとして、果たして私は起きている時間に全力投球しているかというと、それも違う。気難しい上司とかいるわけでもなし、私の足を引っ張るものがあるとしたら、それは私の心なのだ。


le 2 samedi 土曜日
//峠越えた?//40度に迫る暑さではないので、心地良く過ごしています。本日は午前中に買い物と美容院。陶芸は午後から施釉で17時ごろ点火。今回の窯は273番番と275番釉薬を上備釉薬に格上げしての初の窯。果たして、テストピースの様な風合いになっているのでしょうか?

auで大規模通信障害だそうです。ただせさえポンコツな我がスマホですが、もう如何ともしがたく。


le 1er vendredi 金曜日
//涼しい風//多治見の最高気温が40度でしたが、帰宅後、涼しい風が通り抜けているのに気がつく。風が抜けるように窓を開けたら扇風機だけで十分です。この三日ほどクーラーを付けて寝ましたが、今晩はその必要もありません。

 
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