令和8年5月mai.2026 le 31 dimanche 日曜日 //不思議な告白//既に会っている。既に知っている。既に行っている。既に見ている。 初めての富山、先日の出店の事です。私に現れた少女のような心持ちの女性が一人、タヌキの置物を眺めていました。それは土の上に置いていて、鼻はコルクの着脱式。その鼻に挟むように「毎日、楽しく作っています」と漫画の吹きだしのような紙を挟んでありました。勿論、非売品です。ところが彼女はしゃがみ込み見入ってしまって、これがどうしても欲しいという。信楽でも使っていて汚れているし土の上、非売品と言っても、どうしても欲しいという。用途あってのタヌキでしたが結局私の方が折れまして、当初の販売時価格の2500円で良いなら?と言ったら喜んで買ってくれました。そして、彼女は、この「毎日、楽しく作っています」も欲しいという。聞けば、父親は大工さんで、工場に置くそうな。 私は彼女と、どこかで会っている。彼女の子供のような性格を含めて、私はそれを知っている。そんな、あるはずもない記憶が彼女が去ってから確信のように湧いてきたのです。 実は、毎日の生活でも、何かの折に既知の出会いみたいなのが結構あるのです。それは、日中の休憩時、目を閉じて、何か考えていたら、関係もない光景が一瞬現れて、でもそれは初見のはずなのに既視感がある。 こういうことは誰にでもあるのでしょうか?? 今月は総じて忙しかったですが、最後の一週間はノンビリさせてもらいました。明日から6月、54歳になる6月です。作家って偉大ですわ。48で退職し50で独立したのですが、この世界は実力。もうね、年齢とか60まであと何年とか、老後の事など一切考えなくなりました。この命は、陶芸でより美しきものを生み出すためのもの!として、ただただ活動するだけですから。先々の妄想も無くなれば心配事もない。命ある限り陶芸作家であるという単純明快な道だけが目の前にあって、とても軽やかな気分です。ですから、年齢の事など全く無意味で、調子良い時は若者の感覚と同じです。ただ、今日は腰が痛いとか、爪が割れたとか、年齢ではなく体調で自分を見つめているんです。これは重要ですよ!!年齢で焦ると、焦る必要もないのに、一切合切追い立てられる。若くても怠惰な人はいるし、老いても元気溌剌な人もいる。万人に等しく与えられた時間を活き活きと使っているのは後者です。 枇杷が甘い実をつけ始めました。枇杷はそうなるために一年を過ごし、余計なことは考えもしなければ行ってもいない。何をすべきか知っているから、今年も甘い実をつける。 le 30 samedi 土曜日 //梅肉エキス//あとは煮詰めるだけです。本日は梅肉に特化した一日になりました。毎年、スマートな作り方に進化しているのですが、それでも朝から晩までの作業になります。365日のうち一日は梅肉エキスの日。考えてみると、凄い比重ですよ。 今日と明日は名古屋は栄で芸のお祭りらしい。30代の頃は同時開催の性病検査に行きまして、ちらっと様子を見たりもしましたが、今となっては検査の必要もないので全く洋ナシです。あの頃、50代の芸とかを見ました。若っぽく装っても老いてしまうと見苦しいものだと思ったし、50代で、こういうお祭りに参加する心境とは如何に!?と考えたこともありました。。でも、私が明日、ひょっこり顔を出したら、違和感とか奇異な目で見られたりするかもしれませんね。あの頃見かけた50代は、今は70代でしょ。命ある限り人間は生きていくわけだから、どういう毎日なのかは気になりますね。中には寿命を迎える方もいるでしょう。 私は誰よりも芸っぽいのでしょうが、生き方としては非芸であります。人の行動の根本は「何で心を満たすのか?」であって、その埋め方で見える世界も変わる。芸であり芸世界で生きる人は今でも一定数居ることでしょう。今日明日はそういう人たちのためのお祭りなのかもしれませんね。 そうなのです!!!芸であり芸の世界で老いていく人たちの姿は、一種のドラマでしょう。その選択をした人は、その選択をしたからこそ認識できる世界があって、いうならば人生の選択。世界は本来広くて多様なのだけど、それは重要ではなかったと。 時代が進み、宇宙人も実在すると知って、地球人だけれども彼等とも交際する生き方と、地球人は地球で安住する籠る!!、そんな生き方。何が正解っていう訳ではありませんが、一度きりの人生の世界を、どの辺りまで認識するかは、今であっても万人に課された一つの自由課題であるような気がします。 le 29 vendredi 金曜日 //観音霊水//初夏のドライブ。久しぶりに汲みに行きました。やはり毎日の基本は新鮮な観音霊水をガブガブ飲むことです。それも梅肉エキスを入れて。 と申しますのはldlコレステロールと尿酸値の値が悪かった。特にコレステロールが一気に悪くなりまして、非常事態宣言です。乳製品、特に生クリームの洋菓子の摂取を控えます。甘いものが欲しくなったら、羊羹とか和菓子に移行します。鳥皮で香味油を作るのも辞めます。 あと片口イワシの素干しをぼりぼり食べます。あれは塩分あるので夏場の塩分補給に。dhaとか豊富にあるそうです。食生活、特に間食を真剣に見直します。 この視点でが重要なのよ!!!!!! 私は仕事を辞めてまで陶芸の道を選んだ。しかし遅咲き陶芸家である。夢中だ夢中だ夢中で解決とか叫んでいましたが、健康体を持続させることを見落としていたら本末転倒ですよ。 le 28 jeudi 木曜日 //最終週は//五月の最終週は、制作から全く遠ざかっています。ですが非陶芸の日々ではない。ただ粘土を触っていないだけである。これも重要な日程だと感じます。 本日はihpone17proを購入するための手続きをしました。これも広義の意味では私の活動になります。引っ込み思案的に考えれば、する必要もない行動なわけですが、果敢に挑む心持ちから決断しました。美しい作品を作る同一線上に美しく表現し広報する行為が必然であるからです。 //不思議な縁//今年の重大ニュースに入りそうですが、私の日々の活動を知って、復縁というのか再び仲良く交際している方がいます。こう書くと色恋みたいですが、そういう意味ではなく、再び親しき友人に浮上した人です。彼は私の活動に感じ入るところがあってコンタクトを取ってきたわけですが、私も活動の領域を広げるうえで必要な天からの使者だと思っています。 前にも書きましたが、柱を三本四本用意したいと。それを実現するうえで現れた天からの使者、同志です。 le 27 mercredi 水曜日 //浜松//地元のお寺以外でこの出店活動を始めたのは浜松になります。あれから私も大きく成長した訳ですが、卒業することなく定点観測として継続してしまう。新浜松駅から浜松駅の間であり、人の流れは多い。ですが、このイベントのために来る人は、ほとんどいません。ほぼ全てが通りすがりです。先日の立山は、500円支払って入場するので、買い物目的の来場者。ところが浜松は皆が通りすがり。条件としては悪いのですが、この条件に魅力を覚えます。 私の作品に人は立ち止まるか!?何をお買い上げくださるか??世の中の治安はどうか??景気の動向は?? 毎朝、駅前で演説する政治家志望が辻立ちで世の中を知る、それと同じです。 成長と共に行動も変えていきますが、忘れてはならぬ感覚を維持するために継続も選びます。 le 26 mardi 火曜日 //什器一つで//こうも変わるものなのね!! 瀬戸を卒業してから、この活動をしていますが、毎年、発見があります。今年は信楽で什器を変えました。その成功は立山でも継続されたわけですが、展示販売において人の心理を上手に迎え入れる形状との出会いになったわけです。 良きに向けて変わることを常とする! これも今年掲げた標語となりますが、従前の(小さな)成功を大いなる成功体験として行動を固執していたら、今の私は無かったでしょう。作品も展示も販売方法も、良きに向けて変わることを常とします。 //AIに相談して父親は解任//この監督がAIで仕事を奪われた最初の人ではなかろうか??やはり人間として生まれた以上は、自分で考えて行動するべきですね。信じて行動した結果が大惨事となっても、AIはあとのことは知らぬ存ぜぬですし。 こういう報道に接すると思い出す人がいます。彼は贋作を造れば、まるで世界一の腕前、そんな特技があるのですが、別の顔もありましてオリジナルのデザインとか思考がまるでできない。それもセットでの特技なのでしょう。結局、彼は瀬戸で陶芸を学んだのに、元の職場(非陶芸)に戻った不思議な人でした。 //情熱の競い合い//陶器市や作家市に出店すると、作家の出す品は作家が好きで作った作品になります。特に陶器市では陶芸家ばかりです。でも、売れる店もあれば芳しくない店もあります。好きで始めたことなのに、この違いは何か!??と考えることがあります。表面的には作品の仕上がりと値段の頃合いなのでしょうが、それは極々表面的な事象であって、人が立ち止まる本質は作品から溢れ出す作家の情熱なのだと。ただならぬ気配を感じるからこそ人は立ち止まる。 では、作品に作家の情熱を如何にしたら塗布できるのだろうか?? //構造は単純だ//瀬戸では陶芸に心を寄せて試験を通過したものが入学出来ました。ところが卒業したものは少ない。更に言うならば、卒業後に入学時の思いを作家業に昇華させて活動する者は、極々少数。おそらく全てに共通するのだが、情熱でもって集まりが生じ、情熱衰えし者から脱落していく。生き残っている人と言うのは、脱落する者に比べて情熱の熱量が大きい訳である。話を戻すなら、売れる作家というものは、売れない作家に比べて遥かに大きな情熱を抱きながら制作しているのだと思う。これがプロの世界になると全体の基準も上昇するのですが、構造は単純で情熱の競い合い。学生でもプロでもルールは同じである。 藝大生と私を比べるなら、思いを具現化させる早さが藝大生は圧倒的に早い。これは才能であり教育の賜物でしょう。ですが私も情熱を継続させれば、思いは具現化される。ルールは同じでも年齢や立ち位置の違いは確かに存在しますが、そんなことは世の理ですから何とも思いません。 ルールが同じって、なんて素晴らしいのでしょう。 誰よりも夢中で情熱をもって挑む。嘘偽りないから継続できる分野です。昨日の日記のも書きましたが、【この一致】こそ、輝きの根源だと記します。 le 25 lundi 月曜日 //お金の流れ//あの人は言いました。「給料は我慢料」 会社はお金を払っているのだから、嫌な事でも我慢してもらう。 本日は多治見に原料を買いに行きました。そこで思った事を書きます。お金の流れは、一体的であるのか?断絶したものであるのか?? と、申しますのは、上述の「給料は我慢料」の考えていくと、得たお金は憂さ晴らしで消えていくことも間々あります。我慢してお金を得て、そのお金は我慢したストレスを発散して消えていく。お金が手に入り旅立つまでの流れに一貫したものはありません。協力して何か大きなものを構築する連携の素地など全くありません。きつい言い方をするなら、憂さを晴らして、翌日には憂さが産み出される場所に赴く。お金の流れは、その憂さである場所に結局は留まる役割を演じている。 私は、本日、釉薬の原料を買いに行きました。この原資は、私の作品の販売益であります。手に入る仕組みも、旅立つその先も、一つの流れが出来上がっています。でも切迫した事情があるわけでもなく、ただただ陶芸が好きなので、自然とこの選択をするのです。100歩譲って、前職の頃にも陶芸用品は買いましたが、支出に憂さ晴らし的なことは無くても、収入は陶芸とは全く違った時間的拘束の裏付けから与えられたものです。 人生の爆発的発展の仕組みは、得ることも手放すことも同軸にあって、この繰り返しが軸を太くしていく構造である。最も肝心なことは、同軸のために我慢する生き方は結局は長続きしませんし、それは偽りの夢中。同軸であるのは後日に気が付けば良いのであって、大前提は夢中を生業とすることである。夢中で活動して得たお金は、迷うことなく夢中に注がれる。設備投資とか、そんな文言は頭の片隅にもありません。でも第三者から見れば立派な設備投資です。そんな将来の事など考えにも及ばず、ただただ楽しく夢中である、それを力強く便利にしたいだけの純粋な気持ちからです。 私は本日釉薬原料を買ったわけである。私の心情はどうか!??心には、次はどんな美しいものを生み出そうかと、踊るような感覚があるわけです。 人生の爆発的発展の仕組み。それは立身出世の誰かの伝記でもなく、今を輝く東京やニューヨークの成功者の発信でもない。当に私が、その構造の中に居るではないか!! もし神仏や御先祖様の加護やお導き、幸運なことがあるとするなら、人生の途上で夢中に出会う偶然だと思う。魂が揺さぶられる夢中は必ず存在するのだけれど、砂浜の中に輝くダイヤモンドだと思う。世の中に存在や行為は数多あるけれど、真に輝く夢中に出会うためには、全てに慈しむ心が大切なのだと感じます。困っている人のために祈る気持ち、実際に助ける行動など、エゴを越えたところを軽やかに実践できるならば、砂の中に埋もれているダイヤを見つけ出す感覚は鋭敏になっていくでしょう。それで食っていけるのか!!?という尺度を越えたところに夢中は存在するのですから。 le 24 dimanche 日曜日 //便宜上青文字//細かく書くなら、名古屋に到着したのは月曜日の深夜2時前です。日曜日に日記を書く余裕はありません。只今、25日の月曜日ですが名古屋にて遡って記述です。 //ありがとう//初めての富山。それも陶器市ではなく厳選されたクラフト作家の集まり。私の作品は、皆様に喜ばれるのか!?見向きされるのか!??そもそも私を知る人のいない場所での出店。全てが初めて通り過ぎる人たちです。 答といたしましては、信楽には及びませんでしたが、大善戦。私の作っている作品は、人の心に留まるのだと実感できた二日間でした。気が付くと全く迷いも恐れも無くなりました。ただ信じて歩んできたこの道が正しかったのだと、ありがたいことです。 le 23 samedi 土曜日 //残り一ヶ月//53歳も残り一ヶ月です。本日は立山クラフトの初日。前回の作家市と違って陶器がメインではありません。でも、ありがたいことに多くのお客様がお買い上げ下さりました。今回は信楽の残りの良品で展示しましたが、流石に補充を作らないと不味くなってきました。� まもなく54歳。前職を辞したのは48歳でした。それから二年間瀬戸で修行。50歳で独立しました。あと一ヶ月で54歳です。退職しても瀬戸を去っても、不安というものは全くありませんでした。それは今でも同じです。私が陶芸家である意味は、並大抵の理由ではない。もっと崇高な絶対的な意味があってこその陶芸家だと信じしてます。だからこそ、振り返ってみても全く不安はありません。浜松で二日とも売り上げゼロの洗礼を受けた時でも、意味あってこその体験と考え、この先の不安など微塵もありませんでした。私が不安に陥るならば、陶芸以外の選択をするときでしょう。こんな、ドンピシャりな的を射抜いた私ですが、これは感謝しています。 le 22 vendredi 金曜日 //登って降りる//名古屋を出て富山は立山町、上市町にやってきました。普通充電をうまく組み合わせて、急速充電は45分ほど。行くまでは、この車で到達するのだろうか??と心配も膨らみましたが、いざ到達してしまうと、また来ようと心も大きくなります。何事も経験ですね。心配や恐れがあっても、経験する。それで失敗したら想定通りで、成功したなら杞憂であったと知る訳だから人生大きく前進します。 le 21 jeudi 木曜日 //川の流れは//普段名古屋や三重工房に居ると川の流れで北に進む河川はまずもって見当たらない。多くは南で、時に東か西。これが高山の手前の峠を越えると反転し、北の日本海を目指して川は流れゆく。 毎日楽しく制作し、それが形になって販売という出会いの場に持ち込まれる。私にとっては勤労の別形態ではありますが、陶芸全般全てが楽しいので、それは一種の小旅行なのです。前職を辞してから働くという感覚がありません。一方、怠惰な時間と言うのも一切存在せず、楽しいことに没頭する日々。前にも言いましたが、【これをするために産まれた!!!】という情熱の核心を知ることは人生最大の幸福だと思う。それを知り、それと共に歩む人生を選択したとたん、迷いとかストレス・嫌悪・逃避などの感覚も消え去りました。 焦りはしませんが時間が無いという現実には直面します。20代の陶芸家と違って、まもなく54歳。全く持って無駄な時間はありません。でも、不思議な感覚がありまして、時に制作に没頭していると、時間の経過を感じないのです。夢とおなじで、見ている時間は数十秒であっても、夢の中では遥かに長い体験をしている、そんな感覚。私が、この時間の不足を解決する唯一の方法は、正しく没頭し、その没頭を継続させる、これしかないのです。そして我に返ると、こんなに作ったんだ!!と驚きまして。 //頼らずに狂人//発狂して事件を起こすのではなくて、私で言うなら美を探求し、それが畏れさえ感じる作品に昇華させる作家の眼差し。人間の能力を最大限に発揮する近寄りがたい制作の姿。これが上述の没頭の継続ですが、人が狂ってる!と揶揄するくらいでちょうど良い。ですが薬物で、その様な感覚を得ようとか、身体に呪いじみた刺青を彫って、その後に期待するとか、そんな何かに頼ったり逃げたりするアーティストにはなりたくないし、正直、軽蔑してしまいます。 小学生の頃から思っていて、この日記でも度々言及する【嫌われるくらいでちょうど良い】は、この辺りを指しています。目指すべき存在の具現化は、一部の人にとっては受け入れがたいものかもしれませんが、その強烈な反応こそ、新存在の輪郭なのです。よって新存在は存在している。それは私の考える美や生き方であって、それに力があるならば、人は気が付き過ぎ去らない。 le 20 mercredi 水曜日 //明日から臨戦態勢//明日でも、午後からです。 //幾通りもの美//陶芸という狭い世界に焦点を当てても、それぞれが目指す美の世界は違う。全く違う。なのに、そこに美があるならお客は立ち止まってくれて買って下さる。これは真剣に考えることで、了見の狭い人と言うのは、本当に成功も幸せも狭くなるのだろう。答を限定したり、行動を縛ったり、体よく言えば礼儀云々、順序云々に拘っている人は、了見の狭さゆえに驚くほどのチャンスを見逃している。過ぎ去ったチャンスは戻らないとしたら、手放した成功は二度とやって来ない。 成功や美というものが、世の中に限定されたものではないならば、大いに行動し経験を積むに限る。走りながら考える。最も劣なる態度は偉そうなことを言うだけで行動しないこと。 le 19 mardi 火曜日 //一日早く//名古屋に戻って参りました。明日まで滞在していたら窯出しも済ませて、それも持参できたのですが、なんだかギリギリを攻めるのは止めておこうとの思いが湧きまして名古屋に戻る。 一昨日から今日にかけて旧美杉村では火事や山火事のニュースが。これが本家の至近で起きたり、山火事は他人事ではなくなったりと、私のルーツに当たる場所です。 //一致//今回の滞在では制作と衝動の一致がありませんでした。過去にも何を作って良いのかイマイチ心が熱くならない時期もありまして、これを黙殺して無理に制作しても全く進まないことなど何度も経験済みです。この不一致は、ある時、不思議に消えて無くなるのですが、それが何時なのかは分かりません。分ることは、他にすべきことがある!これだけです。名古屋に一日早く戻った真の理由はこの辺り。 le 18 lundi 月曜日 //今回の滞在は//総じて生産性の低い内容でした。今回作ったものは素焼きに回せず滞留です。こうなったら窯大100%の積載率を目指して、しばらくはストック作戦に参ります。駒ヶ根で新作が補充できたら良しとしましょう。� 本日は夜から立山に持参する商品の選抜。これで判明したのは翠華結晶秞のフラットプレート大丸が枯渇していました。たくさんあると思ったのですが信楽で売れたんですね。そう言う面では万全の内容ではありませんが、選抜しました。それから富山往復の充電計画も。これがかなりシビア。電池温度が高くなると、車を休ませなくてはならないし、そう言う年齢の車に成長しました。 le 17 dimanche 日曜日 //本業でない人に価値あり//youtubeを見ているとメンタルコーチみたいな人がいて、今では人生の活路、豊かさなどを引き寄せるコーチみたいな人がアレコレ述べています。昨日、ふっと思ったのですが、数多いる訓話する人たちで、本物を見極める手段として、それを本業で行なっている人は排除したい。と、申しますのは、訓話する側において、最も有名なのは中村天風師ですが、彼は、そこに至るまでの壮絶な体験から、訓話する思想や思考を学び得たのであって、訓話する前に成功者の裏付けがあります。� ところが最近多いコーチなるものは、それを専業としている。人生において、何か人に伝えたくなる成功体験もなく、聞きかじりで伝道者になっている訳である。ならば、そんな薄っぺらい人の言葉は避けて中村天風の著書を読む方が遥かに良い。立派な本業があって、それで大いに成功して、それを基に人生論などを述べるなら、傾聴にあたいします。そのような人は現在でもいる訳だから、成功者の言葉に耳を傾けたいですね。つまり、すでに成功しているので、言葉に『これによって金儲けしよう』という浅ましい所がないのでる。聞き齧りの伝道師は、これで生きていく訳だから、金儲けの思想が通底にあって、彼にお金を払うのは聴く側である。次回に続くの繰り返しで手放すものですか!!� ということで、人にあれこれ言う人は世の中に数多存在しますが、二通りあって、自身の成功体験を通じての訓話と、誰それの思想を語るだけの伝道者。後者は、「それで先生は何か成功した分野はあるのですか??」と聞けば良い。語るものがないのに、何言ってるの!?ですよ。 le 16 samedi 土曜日 //今回の滞在では//これを本焼きまで済ませることは無理になってきました。今あるもので立山に向かいます。このような状況になって強く思うのは、信楽以前に大増産運動をした効果です。まだ良品の在庫はありますので、これに救われたというわけ。� 私の制作は、在庫がなくなったら補充するものではなく、常にレベルの高い良品を新商品を作り続けることです。これを展開すると、一軍落ちした旧製品が増加するのですが、これを恐れていては作家としての生命力も尽きると考えています。理想としては完売作家なのですが、このような状況ではないならば、売れ残ったものは、後日別の機会を考えるのであって、それが増えようが関係ない。兎に角、一級商品、良品の質を向上し続ける。どこかで、この辺りが丁度良いなんて、同じ物を繰り返す作家になったら、近々に見向きもされない作家に転落します。誰も見たことのない作品は、当たり前ですが私も見たことのない美の領域で、これを果敢に具現化するだけで、具現化したなら、さらにまだ見ぬ美の領域を目指すだけです。 //積載率100%を目指して//と、いうわけで本焼きを急ぎませんので、その前段階になる素焼きも窯大に最大限詰め込みます。そうそう、この前、粘土を買ったわけですよ。そうしたら買った後に値上げのお知らせが。もっと買うべきだと思いましたが、それでも幸運でした。今、改めて買いに行くとしたら、お客殺到で、ほとんど在庫切れになっているのかも。 le 15 vendredi 金曜日 //追記と本日のこと//昨日の風邪は治したと思ったら19時ごろから第二派。19:30には就寝しました。早く寝るってご褒美ですね。一生懸命、好きなことに没頭して、ごく稀に風邪で早く寝込む。これはこれで年に1−2回のご褒美であって私はなんて幸せなのだろうと思う。 � //これは良い!!//ありがとう。フラットなプレートを作りました。今回は先日いただいた3Dの枠を用いたのですが、美しい仕上がりに。このフラットなプレートは思いも深くて、最初の頃は波打って酷いものでしたが、たまの良品に心が移り、これが正しいと勘違い。それから製作方法を何度も変えて今に至るのですが、四足歩行から二足歩行の現代人の進化の絵のように、作るたびに改良が形になります。� 本日は心地よい風が工房を抜けました。これはありがたいことです。粉塵を警戒するなら換気は努めて行うべきで窓は全開が良い。これから酷い暑さの夏になりますが、海風が勢いよく入る地形なので体感的にも換気の面でも救われます。一方、冬場は、工房の暖房を三つ四つの火鉢で採っているのですが、一酸化炭素を警戒する立場から、やはり風が抜けるように二箇所は窓を開けています。換気の必要のない電気ストーブは、充分に電気代を支払っていますので、その発想がありません。 le 14 jeudi 木曜日 //緊急事態//9時ごろから、身体に過剰免疫反応というのかひどい風邪にかかった感覚に襲われる。考えられる要因は、実際に風邪を引いた。次にこれが怪しいと思っているのですが、昨日の蚊の襲来で工房内に吊り下げ型の虫除けを置いた(屋外用)。これに過敏に反応したと思われる。まずは、その虫除けを屋外に置き、次に帽子を被って首にタオルを巻き一冊の本を持参して、黒いtシャツの背中に存分に太陽光を当て体温を上げる、30分ほど。この間、積極的に緑茶を飲みビタミンcも摂取。次に明らかに楽になったのが、道の駅で買った大きな木なり完熟夏みかんを食べたのだが、浸透の勢いが明らかに違って、体が楽になった。そして昼食にカップラーメンbigを卵を入れてスープまで飲み干す。汗が一気に吹き出したのですが塩分補給も万全です。なんだか、すっかり回復ですよ。 le 13 mercredi 水曜日 //下準備//本日、三重工房入り。信楽を終えて名古屋に戻る頃は蚊はいなかったのに、今日は大挙襲来でビックリしました。それも藪蚊で困ったものです。大量の粘土を運び入れ、工房を掃除して温泉に。夕食後少しのんびりしまして、まもなく20:30、これより二種類の粘土を混ぜて明日の製作に用いるとします。 フラットプレートを1250度で2度焼きすると稀に割れる失敗がある。 全く面白い現象なのだが、2度焼きなので、もはや収縮することはない。 ところが二つに割れたプレートは2cmくらい離れているのだ!!!!!! なんだか全てに共通するような感じなのだが 形がその形であるのは、 その形にとどまろうとする【大いなる振動】が働くのであって、 その【大いなる振動】が保てなくなったら、二つに割れ、 それぞれの形を保とうとする新たな振動に切り替わる。 もはや統一的な振動もなく互いに齟齬が生じるので2cmの溝となる。 この統一を守る大いなる振動こそが、我々が見る全ての形であって、 逆にいうなら朽ちる過程や消滅とは、 そのリズムが再現できなくなった時である。 創造とは心に描く理想を具現化させるリズムの構築。 歌うように踊るように、喜びを持って自分なりの創造の作曲を。 le 12 mardi 火曜日 //原料調達、東濃の旅//本日は午後から粘土と亜鉛を買いに瑞浪と多治見へ。これも立派な仕事の内なのですが、趣味の延長が仕事になったので何をしていても仕事感が無い。若干、出発が遅れたので、鳴海インターを利用し本郷から名古屋インター、そして守山のpaがスマートインターだったので、ここで降り多治見方面へ。 これより制作するものは立山には間に合いません。その意味においては、この2か月ほど信楽に向けて大増産した日々は無駄ではありませんでした。2-3日休養に回せたのも良品の在庫あっての事です。ですが私は三重工房に向かう。良きに向け変わり続けることを常とする。 le 11 lundi 月曜日 //喜びをもって//フラットプレートを1250度で2度焼きすると稀に割れる失敗がある。 全く面白い現象なのだが、2度焼きなので、もはや収縮することはない。 ところが二つに割れたプレートは2cmくらい離れているのだ!!!!!! なんだか全てに共通する真理のような感じなのだが 形がその形であるのは、 その形にとどまろうとする【大いなる振動】が働くのであって、 その【大いなる振動】が保てなくなったら、二つに割れ、 それぞれの形を保とうとする新たな振動に切り替わる。 もはや統一的な振動もなく互いに齟齬が生じるので2cmの溝となる。 この統一を守る大いなる振動こそが、我々が見る全ての形であって、 逆にいうなら朽ちる過程や消滅とは、 そのリズムが再現できなくなった時である。 創造とは心に描く理想を具現化させるリズムの構築。 歌うように踊るように、喜びを持って自分なりの創造の作曲を。 //①全ては心、全ては意志//まず意志があって、人はそれを具現化しようとする。ところが人生に前進が無く、相変わらず進歩の無い日々が続く。このような人はとても多いと思う。これは相反する感情が頻繁に産まれ、進むのも退くのも本人の意思。惚れ込んで夢中になってこその煩悩の排除なのだ。 //②魔法使いではない//ところが、どれだけ夢中になっても行動しなくては具現化されない。前職の頃、寝ても覚めても陶芸家になるぞ!!!と言っても、家を出たら毎日例外なく会社に向かった。 //③善行のご褒美は//最近思うのは、溺れている虫を助けたり、ゴミを拾ったり、老人に親切にしたり、遠くに見る不自由な人に愛だけは送ったり、そういう無数の善行のご褒美は、夢中の発見なのだと思う。その人にあった夢中は、案外、見つかりにくいものなのかもしれない。人によっては見つからないかもしれないし、見付けたと言い聞かせているだけで違っているのかもしれない。でも、見付ける人もいる。日々の善行は、その近道を指し示すご褒美をもたらすような気がするのだ。 こう考えると③⇒①⇒②になりますね。 逆説的に言えば、始終悪魔的な事を考えるならば、それ相応のレベルに自身を追いやると思う。そんな人が③な行動はできないので、心貧しきものは、心貧しく終わるのだろう。 le 10 dimanche 日曜日 //古書店巡り//陶芸以外にすることないの??と言われたら、古書店巡りかな。あとは年に何回か水を汲みに行くこと。兎に角、行動が人とは違って接点がありません。これは今に始まったことではないけれど。 本日は帰宅したら友人から連絡ありましてiphone12miniを貰いに上がる。まあwifi環境下での私用ですが、あるに越したことはない。ありがとうございます。 le 9 samedi 土曜日 //自立の最低は//3つの柱。三本の柱さえあれば自立できる。最低限、三つの領域で輝かねばならない。そして加えるなら、何が起きても良いようにもう一本の自立の柱を用意する。 三つの分野で、できるなら四つの領域で人に求められる作家になります。人生の極意は気晴らしにする活動に価値のある人。例えば私が、休憩時間に趣味で作曲をするなら、それが人から賞賛されるレベルなら、陶芸家+作曲家というライバルのいない芸術家になります。 ところが三つ四つと、陶芸家、レーシングドライバー、作曲家、落語家では全てが拙い領域で留まるでしょう。柱は似通っても良いのだが、客層を別とする、これは強みになると思う。陶芸家でも、通常の作品、植木鉢、お人形、これら三つの領域で異なる客層が成立する作家なら自立できるし、気晴らしに作曲家であったなら唯一無二の存在になる。 //格好良くなる必要//陶芸家になって、そんな努力は全く必要ないことに気が付きました。陶芸家として活き活きと毎日を過ごしていると、それ自体が輝かしく映る。インスタとかで良く見せようとする人がいますが、あれは何か大いなる欠損の補充行動だと思うのです。人間の行動は流れる水と同じで、低きに移る。つまり欠損や不足を埋めようと行動する。私が陶芸に没頭するのも同じ理由で、心には、もっと美しき表現がある。どうしよう!!53歳時間が無い!!そんなブラックホールみたいな感覚があって、ここに向けて全力で欠損を補うように邁進しています。エネルギーの自然な流れですね。高気圧から低気圧に向かって風が流れるのと同じ。そうなんです。そういう原理が働くなら、これを上手く設計して人生を昇華させるべきだと思うのです。欠損の補充という必然的行動が、実は人生を昇華させている。そんな図式。 le 8 vendredi 金曜日 //夕方になって//ようやく疲れが取れました。腰の痛みもすっかり消え去る。でも、痛みって不思議ですよね。たぶん工房に居て制作に邁進していたら痛みを感じなかったはず。痛みとは痛みを感じる余白あって始めて感じるものなのでしょう。これと似たものに人の噂とか悪口の類。仮に外野でどれだけ騒がれていても、当の本人が別の分野に夢中なら馬耳東風。これを拾い上げては返す言葉を考えたりしたとするなら、そういう余白が存在する証左でもある。 人とは違い別の道を歩む。心に絶対的な自信があって、それが具現化されるまでのタイムラグ時に揶揄されたり、何か言われたり嫌われたりすることは、実は大いに結構なことで、言われるほどに結果は真逆と信じています。一種の裏付けみたいなものだと。 進んで悪態をつくことはみっともない限りですが、自分を表現していく過程で、その違和感でもって嫌われることは大きければ大きいほど良い。嫌われてこそ好かれるのであって、嫌われてもいない存在は好かれてもいない、認識以下の存在である。 //北向き//次なる出店は北側が間口です。つまり商品は常に日陰。これは結晶釉において大変に不利な環境ですが、日陰においてこそ目立つ陳列を考えながら新たに制作を始めます。それと現時点で植物イベントが三件確定していますので、もっと素晴しい植木鉢も作って参ります。 le 7 jeudi 木曜日 //久々の名古屋//本日戻って参りました。12日目にして名古屋に戻る。これからも三重工房との行き来は続きますが、さすがに期間は短くなります。名古屋は良いですね。昼寝もしました。それからのんびりと入浴。まあ、明日からは明日なりに忙しく無駄なく過ごして参りましょう。 世間では大型連休明けで仕事です。私の大型連休は作家市でしたが大好きな陶芸の販売。もはやこれは仕事ではなく歓喜に満ちた時間。これを四日間続けただけ。ですから、私も存分に遊んだようなものです。不思議ですよ。陶芸に夢中であり続けていたら、受け手から手渡す側に、いつの間にか私は変わっていました。転職して一から新しい仕事を覚えたわけでもなく、ただただ好きなことに夢中でいたら手渡す側になっていたのです。 le 6 mercredi 水曜日 //積み残し回収//本日も朝から信楽へ。2度目の搬出作業です。帰りに温泉に寄って、それでも11時前には帰宅するという効率的な動き。お昼ご飯作ってから、戦後処理。あまりに散らかし放題だったため、4時間ほど要しました。明日は久しぶりに名古屋に戻ります。少しだけのんびりしたら、また制作です。私が大いに恵まれているところは、次に何をすべきか、しっかり教えてくれるところです。何を作れば良いのか迷うとこがありません。売れたからと言いって、同じものを作り続ける作家もいるでしょうが、私は陶芸で魂を謳歌すると決めたので、先に進みます。良きに向けて変わり続けることを常とする。� 何事も、通用しなくなる時がやってきます。あの頃の勢いがなくなった。さて困ったと。私はこのサイクルの先回りをします。今後100年生きるわけではない。一瞬で終わる人生、さらに美しき作品を具現化して参ります。 le 5 mardi 火曜日 //最終日//信楽では朝早く平和堂で充電をして会場に向かいます。これは天のお導きだと思います。90歳のお元気な老人の朝の健康体操と同じ時間で、三日間すっかり話し込む。空にB29が飛び大阪方面が赤く染まった話から、人生における労働の意味、健康の秘訣など。前日、明日、黒ニンニク持ってくるわ!とおっしゃていましたが忘れることなく本日もらいました。頭も聡明です。70歳までは仕事に専念するべしとのこと。そして仕事をするなら懸命に懸命に働くものだと。その人は大きく財を築いたのですが、話を聞くと人に尽くすことも積極的で、その数も驚くほど多い。🔳売り上げは日を追うごとに少なくなりましたが、つまり本日が最も少ないのですが、それでも、二日のイベントの二日分はあるのだから全く驚きな結果となりました。今回の最大の収穫は、この望外な結果ではなく、私の作品が、通用したという事実。どこを見ても器屋さんで、それも人気ある作家がエントリーしてくるレベルの高い会場。初参加で、私を求めてやって来るなど、そんな基盤もない要は無名な作家なのですが、作品に訴求力があるのか、お客様は多かったです。(3−4人ほどは私を目当てに来てくれました) 四日間、この会場に出店できたこと、本当に感謝です。これを一つの基準として、一回りも二周りも大きく成長していきましょう。 le 4 lundi 月曜日 //三日目//昨晩は豪雨だったらしい。ですが私はぐーぐー寝ていたので全く気付かず。大雨の痕跡は芝生が池のようで、本日は朝からスポンジで吸い取っては捨てるの繰り返し。バケツ二杯も回収しましたよ。お天気は最後の1時間、また雨でした。� あの人はきっと芸能人だと思います。黒い帽子に全身黒づくめ。日焼け除けの黒の覆い を顔に、目だけ出すという出立ち。しかし、露出した肌は白くて、背は高くスラリとしています。松山ケンイチさんがお忍びでやって来たと勝手に思った次第。 le 3 dimanche 日曜日 //二日目//お天気は下り坂で最後の1−2時間は雨も降ってきました。感覚が麻痺したのか、昨日よりは売り上げはありませんが、それでも他のイベントとは比にならない勢いです。かなり疲労が溜まっていまして、伊賀上野では20分ほど仮眠しての帰路。睡眠の質を上げたいので夕食は食べずに、すぐさま寝床へ。 le 2 samedi 土曜日 //初日//さすがは日本三大陶器祭だけあって、凄い人でした。初参加の私ですが、なんと、日頃の活動から私を知って、私に会うがために来た人が3−4人いました。明日明後日と天気が悪いために、本日の頑張りが重要なのですが、これまた人手に助けられた思いです。🔳それにしても名だたる作家さんばかりなのに私を選んでくださるお客様の存在は、神様ですね。それと瀬戸時代の同期が卒業後、信楽で頑張っているのだけれど会いに来てくれました。彼の感想は、一目見るなり年をとった印象だそうです。私の感想は少年から青年に。人生は短く若き日はさらに短い。無駄にしてはなりませぬ。 le 1er vendredi 金曜日 //前日搬入//小さな車なので什器と商品を一回で運ぶことが困難なため、本日、什器のみ信楽へ搬入しました。搬出も二日間になれば三重工房と信楽を6往復になります。最優先は安全運転。これを繰り返します。 |
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