令和7年12月décembre.2025 le 31 mercredi 水曜日 //私的重大ニュース10本(順位なし)// ●軽やかに夢中であること。 悲壮感漂う夢中や専念は全く意味をなさず時間の無駄。 ●新工房完成し名古屋⇔津の往復生活 どちらに居ても制作しています。津では工房で自炊も。 ●新しい出店先、旅のよう。 芦原温泉に富士に茅野、新しい出店先の楽しい思い出。 ●販路拡大 数字の上では微々たるものですが、育てる種が何種類もあることは楽しみでしかない。 ●ゴールド免許陥落 一時停止違反。免許更新でゴールド陥落。安全運転安全運転! ●ある事件をニュースで聞く その内容と衝撃。 ●碗に鉢、植木鉢。新しい造形を商品に。もっともっと花を咲かせましょう。 ●電池残量9セグに 沢山稼いで乗り換えなのです!! ●宇宙美術宣言!! 大宇宙を表現する作品の萌芽を実感。来年はこれを大々的に世界の人へ。 ●開業届 趣味が仕事になりました。 【次点】電動ろくろ 造形に電動ろくろを導入。文明の利器を活かして生産性を向上させます。 退職した年から毎年毎年がドラマチックです。ですが眺めてみると質が変化してきました。退職した年、入学した年、卒業した年などは私が属する世界の変化であって、最近は私の発展の進み具合です。今後、属する世界の変化というより、世界を切り拓いて、その世界の豊かさに喜びを覚える、そういう変化の実感。なんて素晴しい方向性でしょう。 感謝する人に囲まれています。両親、叔父さん、兄家族、御先祖様、そして我が作品で縁を頂く多くの方々。心より御礼申し上げます。 地球は丸い。これが球体でなく凸凹であったら、何処かの角を始点とするはず。ですが地球は丸い。2025年は本日で終わり2026年は明日から始まりますが、江戸時代は別なる日に正月を設定していました。地球は丸いので、どこに起点を置くか自由であって、そこからはじまる365日を一年としても良いのである。ですから、毎日が一年の始めというか起点であって毎日が前進の始点。常に、夢中で邁進し常に更なる成功の発展の第一歩として邁進していきます。 陶芸で魂を謳歌する!!と心に誓い、そして軽やかに夢中であることの大切さを知りました。どれだけ情熱家であっても悲壮感漂う情熱や夢中は全く意味をなさず時間の無駄とも知り得たのは、精神修養的にも哲学的にも大きな収穫でした。これからも新しい造形に夢中で取り組みますが、これを成功させるために大切なことは【心の軽やかさ】であり悲壮感ではありません。人生の極意だと思います。如何なる時でも颯爽と軽やかに笑顔で楽しく歌うように夢中な私でありたいのです。 瀬戸時代や卒業したころ湖西市の海岸で太平洋を見て、私のこれからを思いました。あの時も私の成功を願っていましたが、なにか重々しく悲壮感漂う願い事でありました。近々、同じ海岸に立ってみようと思います。同じ願いでも心軽やかに、信頼を置いて。 陶芸の関わらず、御縁を頂くすべての皆様に心からの感謝を申し上げます。共に豊で明るい毎日を歩みましょうぞ!! le 30 mardi 火曜日 //善良な人とは//本日は朝からお寺さんに行き餅つきの手伝い。このお寺さんは前住職のお人柄からインターナショナルで多くのベトナム人や西洋人、インドネシア人や黒人などが楽しく餅つきをする。 最近、ベトナム人の犯罪を多く耳にします。統計的にもベトナム人犯罪は多いと思うのですが、ではベトナム人が一律犯罪者かと言えば、それは全く違う。人種国籍を問わず善良な人々は瞳が美しい、笑顔が美しい、善良なオーラを感じる。犯罪者なら日本人に迷惑を与える計画を思案しているはずですが、そういう思考の人間は顔に出るものです。それは日本人でも同じで罪を犯す人、犯罪を試みる者の顔に、近寄ってはならぬ雰囲気を覚えるのと同じです。 善良に囲まれている時間は貴きもので年の瀬に幸せを感じます。 le 29 lundi 月曜日 //腸久しぶり//結局何年ぶりにお会いしたのか判明できないほどの腸久しぶりな再会でしたが、瞬時にしてお互いが分りました。結論を申しますとちっとも変わらない印象。それも双方向で。再会とは面白くこの間の事、これからの事を話しまして、未来への楽しみというか、また近況を語り合いたくなる気持ちが高まりました。その時、オールナイトでも時間が足りないくらいの活躍する陶芸家でありたいと思っています。 le 28 dimanche 日曜日 //100個完成//売値って大切です。昔のように2500円なら100個で25万円。4000円なら40万円。5500円なら55万円。高い単価でも納得の美しい作品にすることが大前提ですが、私は結晶釉に没頭していて本当に良かった。この釉薬の可能性は無限大です。 それにしても疲れました。明日は工房の掃除から一日を始めましょう。 le 27 samedi 土曜日 //腸久しぶり//世間は年末のお休みに入りまして人の移動も普段とは違ってきました。先程、腸久しぶりな連絡がありまして、10年ぶりでしょうか?お食事しながらのお話会が開催決定。全く陶芸に没頭する毎日で、これとは違った軸で誰かと会うなんてオリンピックよりも珍しいかと(信州お野菜特別便は除く) とっても楽しみです。ですが私が陶芸家になっていたのはご存じでした。驚かすことはできませんでしたが、これも嬉しいことですね。 世間では長い休みの初日。私はというと日常の連続で何か変わったことがあるとするなら年末の買い出しに行くとか、そういう行動が次々に入って来ます。とりあえず明日と30日は朝一番にお寺に行かなくてはなりません。一応、明日迄、粘土に触って、それから1/2までは事務仕事でもしようかと考えています。 le 26 vendredi 金曜日 //ふと思ったこと//本日の制作中に思ったことです。人類が平面ではなく地球という球体に暮らしていると認識した時、空間認識の大転換があったと思うのです。ですが生活はいつもと変わらず。ただただ現実として、地球は平らではないと我々は丸い星に住んでいると認識。次に人類の空間認識に大革命が起きるとするならば、それは月や火星に基地が出来て、地球という表層以外に住み始めた時でしょう。ですが人類の生活は劇的には変わらないと思うのです。ただただ人類は地球という表層以外にも住むことが出来ると。これは22世紀のお話でしょう。 何が言いたいのかというと、22世紀のどこかで、人類は地球の表層のみの存在ではないという空間認識の大転換があると思うのです。この衝撃は、地球が平面でなく球体と認識した以来の大事件であり必ず起きる。 つまり22世紀になると、人間の美的認識に宇宙空間で見る天体の姿や色彩が導入されうると。今現在でも、宇宙の美は表現されていますが、実際に宇宙で見る宇宙の広がりや色彩のボリューム感とか遠近感、浮遊感は体得できていません。それが、ちょっと火星に行ってくると宇宙船の窓から見る景色を人類が体得し始めたら、美術において大革命が起きると思うのです。人が表現する美において地球表面を題材としたものが急激に減少する。人の心に、美しいと思う領域が爆発的に広がるのです。それが22世紀の何処かであるとするなら、そんなに遠くの話ではない。あと150年ほど先なのかもしれません。 そんな未来は必ず訪れますが、その時代であっても人類は主として地球表面に住んでいる。月や火星で陶芸が出来るとするなら25世紀とか30世紀なのかもしれませんが、22世紀において、宇宙旅行の衝撃を地球の素材で表現する美術領域は展開されます。 22世紀。2026年の人類で既に我々が表現したい宇宙美術を作り上げている陶芸家がいた!!!と驚かれる創造します。それが私になります。花鳥風月に新しく宇宙空間で見る宇宙の美や色彩が導入されます。 でも実際は、どうなのでしょう!??やはり黒い空間に浮かぶ青い地球は美しく貴くて人類の揺り籠と認識されるでしょうし、宇宙空間で見る天の川の輝きは、どのくらいのボリュームで見る者に迫ってくるのでしょうか??思った以上に黒い空間なのか、それとも、どこを見ても満天の星空なのでしょうか? いやいや遠くの星雲とかハッキリ点在する星々とか濃淡激しい空間なのかも知れません。 月や火星の岩石を使って釉薬を開発する陶芸家は必ず現れます。ですが、絵画でない限り創造の現場はあと数百年は地球表面に限定されるはず。そういう意味においては、宇宙見識は人間共通のものとして未来人にはありますが、工房は地球。つまりですよ、今からでも想像力を豊に発揮すれば、未来人も舌を巻く良き作品は作れると確信するのです。 22世紀には生きていませんが、そろそろ22世紀を見据えて行動していく時代ですよ!!! le 25 jeudi 木曜日 //100個//春の出店時期になると制作が細切れになってしまう。offシーズンの今が制作の繁忙期であって始めて辻褄が合うのだから、のんびり構えていたら後日の焦燥になってしまう。兎に角近々にマグカップを100個制作したい。三重工房では皿と鉢と碗に特化して名古屋ではマグカップに一輪挿し等制作の選別を行いまして、作るなら集中力を高めて生産性を上げていこうと思います。 //threads//ここの言論空間は、また一味違って見ていて楽しいのですが気付いたことがあります。それは不幸を正直に書きまして、励ましの意味で♡イイねを貰う人が結構います。それで気付いたのですが、この図式を目的とするため、その人は、次の投稿でも、また別の不幸を載せる。これは人生のからくりで、そりゃ不幸は永続するだろうし、当の本人の売りが不幸なので、続く不幸を受け入れているのだろうと。なんだかもったいない過ごし方をしているなと思います。 今年もドラマチックな一年でした。毎日日記を書いているとこれまた鮮明に思い出すことができます。先程一月の日記を読んだのですが、1/25の日記は退職から今に至るまで良くまとめているなと、なかなかの内容でした。 le 24 mercredi 水曜日 //念//今、こうして日記が書けるのは昨晩の念の力であります。あれだけ何を試みても動かなかったpcが今はスラスラと快適です。ですが来年のどこかでノートpcを買わなくてはと考えています。やはり何か一つに頼る構図は危うい。陶芸で言ったら電気窯、この複数台持ち。 さあ美しきものをこの世に産み出していきましょう。私が産み出せる美は、私が生きている間だけの事。全く持って価値ある存在なのよ。 le 23 mardi 火曜日 //信州お野菜特別便//今年も信州の恵みを沢山受けました。ありがとうございます!!理想だと思います。それぞれが得意とする活動の結果を持ち寄ることの素晴らしさときたら。そういう理想的な生き方は人生の最終盤の老人の一時期にあるかどうかだと思っていたのですが、この歳で味わえる深い喜びを覚えます。 ですが先日も書きましたように、今現在の幸せは、過去の采配の結果であり、この現実が未来に続く保証はない。もし、未来も同じく幸せでありたいなら、再び粘土を捏ね土を耕す選択に走らなくてはならない。現実は全て過去の答え。現実は一切未来に関与しない。 ここ数日、全くpcが動かなくなり年末の大事件になりつつある。あの手この手尽くしましたが動かないので、寝る前に【念】を送ります。 le 22 lundi 月曜日 //雪無し!!//今年最後の観音霊水。今年は多くて5回ほど参っています。昨日、一昨日の異常暖気で、道中、積雪ゼロ。遠くの山々にも確認できませんでした。 //凄いものを見た//帰り、平日月曜日の温泉を楽しみました。露天で空を見上げると白い雲が南に流れていきます。その雲が龍に見えて凝視していたら、どんどん形が変わっていき、可愛いムクちゃんや狼、キツネ、また龍に。あれは隣で誰かが見ていても、その認識には至らないはず。と、申しますのは、見えてきたなと感じたら、顕微鏡の焦点を少しずらして見えなかった世界が鮮明になるように、全くリアルな姿形になって現れるからです。白い雲の輪郭に、急に灰色のリアルな姿を次々に見たからです。 魂が肉体を離れる時、それは死と認識されますが、実は私たちは多くの魂から慈しみと愛情の眼差しで見守られているのだと実感しました。私は毎晩、寝る前に祈る時間を設けています。時に瞼の奥に、見たことの無い顔が浮かび上がります。そう思うからそう見えるのかもしれませんが、これが重要で、そう思う感覚を維持すると、やはり誰かに見守られていると感じるのです。 全く不安になることはない。訳あって、この世に産まれ、私が存在するために先に死んでいったご先祖様。大河のような魂の流れの中に、たまたま今現在、私が水面から顔を出す順番であって、これは連係プレーなのだ。これに携わる多くの魂は、絶対的に私を慈しむ存在である。この慈しむ魂と会話し信頼を置くなら、この世で生きるということがどれだけ強く逞しく頼もしいものなのかと、感謝しかない。 le 21 dimanche 日曜日 //凄い人//インスタで凄い人を発見。その人は大麻草を栽培していて5年の懲役。只今、仮出所なのですが、その事実をサラサラと言い、更には塀の中で描き始めたという絵画で個展もする実力。 人生において、それは悪いことと烙印を押され何らかの処分を受ける。懲役であったり執行猶予であったり。とくに薬物事案では再起更生の可能性はあるのだろうか??と思っていましたが、その人を見ていると、人間、悪事を上回る情熱や活躍があると、これが継続されているうちは、才能も輝き過去の負を軽々と上回るものだと。こう考えると、生涯、命ある限り夢中で取り組む対象を見付けることが、残りの人生の安心成る更生になるのだろう。 ですが、それは誰かに頼って見付けるものではない。生涯の情熱と言うのは、アナタと私では違って当たり前なのであるから。人生で何かの試練があるとすれば、これを見付けることかもしれませんが、考え方ひとつで、一人静かに座禅なり瞑想を続ければ、右往左往するまでもなく答えに巡り会えるかもしれません。兎に角、この世に生まれてきた以上、何かの使命があるはず。それは本人の心の内に静かに輝いていて気付かれるのを待っているはずだから、焦ったり悲しくなったりイライラしても、それは遠回り。呼吸を整えて深く瞑想して自分の存在を愛おしく抱きしめ静かに静かに答えを待つことが大切なのだと直感的に思えるのだ。 夢中に出会うと、全く時間が足りなくなります。これって素晴しいことだと思うのです。 le 20 samedi 土曜日 只今、12/24 pc復活につき遡って記述 //毎日をどう過ごすか?//これで一年が決まっていきます。今年の正月から、如何にして過ごし今を迎えるのか??願いが叶っているのなら今に至る過ごし方が良かったのであり、全く不本意なら逆の意味で誠実な結果である。 いつも思うのが北朝鮮。あの国は三代世襲の独裁国家。つまり三代にわたって邪魔もなければ文句も言われず好き放題に出来たのだから、当然、今ある姿は独裁の結晶である。つまり惨憺たる結果。人民は飢え国土は荒れる。これは人民に責任があるのではなく指導者が無能であるのだ。この観点で言えば共産党も同じ。最近になって委員長が交替しましたが前委員長は21年もその座に居ました。この間選挙で負け続け党勢は縮小。これは日本国民が無能なのか共産党員の働きが悪いのか?? 最大の責任は党の最高責任者に帰すると思います。 陶芸家でも同じ。売れる陶芸家はここに至るまでの在り方が正しかったのであり、そうでないなら、それも陶芸家の在り方である。無能な社長が社員のせいにするならば、無能な陶芸家は土のせいにするのだろう。そんな了見では次の年も予想の範囲内である。頑張ることは大切だけれども、無味乾燥な頑張りは疲弊を言い換えただけであり、これもあり方であって年末には吉凶はっきりします。「在り方」は大切です。根本中の根本。 le 19 vendredi 金曜日 //私の息抜き//これは瀬戸時代から始めた趣味で古書店巡り。本日は午後から丸太町の古書祭りへ。今回も良本に巡り合えました。もはや読み切れないほどの量ですが、老いた時の楽しみとしましょう。 le 18 jeudi 木曜日 //特に//4:17~から感動。 この曲を知ったのは前のウーマン号。あの頃はmdにフランスのmona-fmを録音し、これを聞きながらのドライブ。おそらく蓼科山に登るため、深夜、中央道で伊那谷を北上中の時に、この曲に巡り会い、あまりに美しい楽曲に涙が出る思いでした。あの頃は陶芸なんて夢にも思わない日々。ただ相変わらず一人でいることが好きで週末はいつも一人で何処かに行っていました。だから私の孤独歴は遥かに陶芸歴を凌駕するのです。 こうやって昔に思い出のある曲を聞くと、人生の不思議を思います。 今になってわかるのですが、人生には体積があって手放すから新しい生活が入ってくる。前職の頃も陶芸家になりたい人気の陶芸家になりたいと思っていましたが、その生活に陶芸家として入る余地は無かったのです。新しい自分になるためには、まずは新しい自分が入ってくる余地を先に空けてあげなくてはと、これは今だから分かることです。 何かに固執していると、それは叶えられるけど、心のどこかにある夢や希望の入る余地が無い。 私は次々に美しい作品を作り続けます。ですが、これに固執しません。その美しい作品は過去が形になっただけ。また新しい気持ちでスラスラと軽やかな気持ちで新たなる美を産み出す手の動きをするだけです。 le 17 mercredi 水曜日 //サラサラと美しいものを//私が作る焼き物は私が生きている限りの限定品。ですから、サラサラと美しい作品を世に出したとしても世界規模で言ったら希少品。今の今まで次こそは次こそはと追い詰めていましたが、今後は軽やかな気持ちでサラサラと美しいものを世に産み出します。窯を開ければ玉手箱・宝箱のように全てが輝いている。それでも届けられる人は限られるのだから、まずは私が滞りなく美しき作品を産み出すことが大前提となります。 今年は冬になって器を世に出し始めました。来年は器の美しさをお届けします。 //時間が無い//出店終って迫られるものが無いのですが、それでも冷静に考えると時間がありません。まずは一日でも早く素焼窯を満たす制作をしなくてはなりません。品薄になったところは補充して新しい試みも完成させます。 振り返ると、今年の出店は京都から始まりました。何かあるなら新しいところを!と京都や彦根、東御に富士や身延町と新しき土地に赴きました。来年は富山に行くことも決定しています。不思議だ。世界は毎年新しい表情で私を迎え入れてくれる。 頭には次に何をするべきかとの映像が下りてきます。それは制作に関することが多くて、新しい試みでもあります。私は私の作品を媒介として世界の人と交流しますので、見向きもされない作品なら、世界は私のみの点であるのだけれど、そうでないなら制作すればするほど世界は広がっていきます。そのなかから適宜、最も相応しい出会いがあって、仕事の面でも新しい展開になっていきます。毎日を夢中に心を込めて軽やかに。 le 16 mardi 火曜日 //無限に広がる大宇宙// 決めました!! この荘厳な名曲に相応しい器を作ります。無事焼き上がったらインスタにこの楽曲を添えて投稿します。 //土から美と価値を//もはや何年前から陶芸を始めたのか定かではなくなってきましたが、当初は愛知県陶磁資料館に通っていました。自由ではありますが限られた条件下での自由。その中で最も価値ある形状を作ろうと急須に挑戦。全く無指導で良く作れたものだと、我が魂に宿る陶芸家の存在を感じます。ところが、極めたところで、ここの土は水漏れをおこすので断念。次に目指したのは香炉。そして繊細に作りすぎ取扱い的に向こうの不興を買い、ここを去る決断をしました。名古屋に小さな作業場と窯を設けましたが、どういう訳だか結晶釉に導かれ今に至ります。 金銀を使わずしても高貴な表現が出来る結晶釉に無限の可能性を感じたからです。瀬戸に入る前には金結晶を開発し、瀬戸では全く別系統の結晶釉の研究をしました。この間、名古屋の作業場では銀系結晶釉も完成し、緑青の美しい結晶釉も完成。そして近々大宇宙が宿る結晶釉を完成させます。ブレないイメージがあるので案外と近いうちにお披露目出来ると信じています。 どうして結晶釉にここ迄心奪われるのか分りません。土から美と価値を!と唱える以上の存在が我が魂に宿っています。これは前世からのバトンリレーでしょう。 これだけ孤独でいるのに寂しいという感覚が一切なく不安もありません。どんな環境でも何をしていても、どうしても陶芸の道に誘われる存在であるなら、これが大道王道泰道であると。不安はこの道から逸脱すること、焦りもまた然り。そして寂しさは陶芸が生活から離れた時に訪れるのであって、死ぬ瞬間まで気を許しません。 le 15 lundi 月曜日 //主たる価格帯のお話//瀬戸を卒業した直後は、私の作品の主たる価格帯は2000円でした。高級品が2500円で1500円も多く揃えていました。この後、主たる価格を2500円に。高いもので3500円。2000円も多く1500円は殆ど消え去りました。この時代が1年ほど続き、今年に入って3000円を中心に高いもので4000円 4500円 2500円も多く揃え、これ以下は出品させず。更に今年の夏ごろには、主たる価格帯を3500円に、下限は2500円。 そして今回、4000円を主たる価格帯に移行させました。下限は2500円のまま。今回、4000円以上お買い上げの方に、お好きなミニ一輪挿しを一つ差し上げました。これも売り物で2500-3000円の商品です。8割程のお客様が、このプレゼントの対象になり喜んでくださいました。 オマケの仕組みも変更。永らくお買上の方にはお好きな箸置きを家族分プレゼント。一個300円の価格になります。今年の秋から、この仕組みを変更し、お買い上げの方に、お好きなミニ一輪挿しを一つ。そして今回、4000円以上の方に限定させました。 この活動を始めてから10000円得るのに何個売る必要があるのかを心掛けていました。漸く2.5個で到達の水準に。これを二個以下にしたいものです。さて、ただ高くすれば良いでは近々破たんするでしょう。私が心するのは、高価格帯でも納得してもらえる作品作り。これは大前提であります。より美しく高貴で他では見当たらないもの。この制作の指針でもって物価高を上回る価格変更を目指して参ります。プレゼントの対象も、主たる価格帯に合わせますので、これまた4500円 5000円 5500円となっていくでしょう。 le 14 dimanche 日曜日 //ありがとうございます!!!!!!!!!//本日の出店を持ちまして今年の出店活動を終えることが出来ました。年間の売り上げ速報値なのですが、133%となりました。全く無名の陶芸家でありますが、去年に比して33%も売り上げ増なのは、有り難い極み。 二日間のイベントでしたが、感想は山のようにあります。今回は一つ、角地で二面使えたので植木鉢も出品しました。これが良いご縁を呼びまして、新しい活動に繋がります。こと、植木鉢方面の活動を強化したかったので、とっても嬉しいです。クラフト系のイベントとは別系統の販売領域があるのは生きる上でも安全装置になります。出店は春・秋に限定されますので、オフシーズンでも活動できるのは有難いことです。 令和七年も、まだ半月ありますが、今年は改めて充実した一年になります。人生のドラマは、転職した年、瀬戸で勉強していた時期、卒業後の毎年。そう、退職してから毎年毎年が充実のドラマです。前職の頃はというと、あの頃はあの頃で充実していましたが、今から思うとあれは充実ではなく疲弊を充実と変換していただけでした。全く、組織から独立すると、敷かれたレールなどは無くなります。道は切り拓くもの御縁で頂くものとなりまして、これが人生のドラマだと思える素地であります。 安定とは別世界の住人となりましたが、好きで選んだ陶芸の世界こそ精神の大黒柱。私は心底より思います。嫌で会社を辞めたのではなく、好きを選んで会社を辞めた、この辞め方で良かったと。不安とか焦り、孤独とか全く感じません。ただただ、今日も楽しくて明日はもっと楽しいと実感する毎日なのです。これからも軽やかに参りましょうぞ!!! le 13 samedi 土曜日 //楽しい初日//無事に終えることが出来ました。残るは明日一日のみ。作ることも楽しいけれど勝るとも劣らず楽しいのが販売。その楽しい販売も明日が本年最終日。 今晩は早く寝るとします。ああ、楽しかった。 le 12 vendredi 金曜日 //二面//明日からの二日間は今年最後の出店です。基本は通路に2m接していますが50cmは出入り口として開けなくてはなりません。よって1.5mが販売エリア。(奥行きも2mの正方形) ところが今回は角地。一方の2mは完全に使えるし、残る面に50cm確保すれば良い。ところが、角地と言っても栄交差点ではなく、お向かいは壁。僻地の角地。 ですが何時もより多く展示できますのでアレもコレも積め込みました。どれもこれも可愛くて美しい我が子のような作品なので、皆が素敵な嫁ぎ先に恵まれますように♪と思いが募ります。 今回は、どんな出会いがあるでしょう。これも出店の楽しみです。可能性の扉というものは「接点」から産まれる。受け取る人がいて新しい物語が始まる。軽やかに過ごす二日間としましょう。 le 11 jeudi 木曜日 //翌朝65度//これも前回の窯と一致します。冷め割れの心配もなく安心して窯出しできます。出来るとなると出来るのですね。翠華結晶釉と銘した釉薬は、とても美しいのですが以前は幻の焼き上がり。これが沢山収穫できるお芋の様で、嬉しい窯出しとなりました。 今度の土日が今年最後の出店になります。今回の焼き上がりを出品できるのは本当に嬉しい!!ただ、狭いスペースなので、如何様に展示するかは知恵の出しどころになります。 le 10 mercredi 水曜日 只今、12/11 遡って記述。 //48時間//本焼きのプログラムが終了して48時間が経過すると210度前後になります。前回も同様で、これは目安としましょう。 京都から直接三重工房に入り二泊三日。名古屋に戻って一泊二日。そして本日昼頃三重工房入り。今回は窯出しするだけなので気も楽です。最上段の一個だけは取り出しましたが、窯出しは翌朝。 le 9 mardi 火曜日 //常に陶芸を//ちなみに、素晴しい曲を発見♪ 名古屋⇔三重工房⇔出店 このような三つ巴になると、名古屋に居ても制作出来ない日があります。あまりに滞在時間が短いからです。もちろん三重工房でも同様な過ごし方もします。ですが、ノートに図案を描くなり粘土触らずとも陶芸に身を寄せましょう。 //貴重なお芋//少し前、山のようなお芋に狂喜乱舞した事もありましたが、お芋が貴重な存在になってきました。気付いたら残り僅かなポテトチップスのような寂しい感覚。食物繊維を取り過ぎた時の便秘の件ですが、キウイフルーツを日に2-3個食べると良いと聞きまして取り入れたら、初日から、どえらいことになりました。これで、お芋はもっと食べれるだろう、その矢先に貴重になってきたと気付いたわけです。 le 8 lundi 月曜日 //11:45//に本焼きのプログラムが終わりました。電源を落として名古屋に戻ります。この時間に戻ると、渋滞箇所が無く戻れることに気が付く。一時間前だと渋滞箇所もありますので、結果として、ほぼ同じ時刻に到着できる。 le 7 dimanche 日曜日 //施釉⇒本焼き//三重工房に入った理由は、朝から施釉して本焼きをするため。19:30に点火しました。これで、この窯の作品も13-14の出店に間に合う計算なのです。本当に忙しく、一日一食でした。 le 6 samedi 土曜日 只今、12/8 遡って記述 //京都出店//本日のみの出店。この活動をしていて楽しいのは、行った先で知り合いの作家さんに会えたりすることです。 さて、昨日、京都入りしました。石槫トンネル、琵琶湖大橋を利用しての洛中入り。ノーマルタイヤで不安だったので石槫峠を金曜日の15時頃通過の移動。これは成功で、特に滋賀県側は雪が残っており夜間凍結の恐れは十分にありました。京都市内で車中泊をして、翌朝、会場に移動。16時になってから撤収活動。 帰りは名古屋には戻らず三重工房へ。比叡平を通過する峠道を利用して琵琶湖大橋。栗東インターから信楽までは高速を利用。ここで1時間ほど普通充電をしましたが信楽の寒さにビックリ。30分ほど前は栗東で7度。それが0度ですよ! 信楽からは伊賀上野に入り青山高原経由の工房入り22:45分着。 le 5 vendredi 金曜日 //中国人//中国が日本への嫌がらせを連発していますが、これが全く効いていない。現在、観光客を訪日させない動きに出ていますが、効いていないどころか歓迎される始末。もし中国人観光客がお行儀良く、日本人商人へお金を使う、特別、難易度も高くなくどの国も当たり前のように振る舞う観光客であったなら、この制裁は大いに効いていたでしょう。母数が大きいですからね。ところが現実としてのこの巨大集団は、迷惑集団であったとの認識が広く共有されていると思われます。 中国は、戦浪外交みたいな、常識で考えても見込みない行動に打って出ていますが、「大国」は横柄に振る舞えるという中華思想が根本にあると思います。お上がお上なら、この民度ですわ。特に、習近平になってから顕著というか対外工作も横柄の延長みたいで稚拙感が滲み出ています。 今の京都は、どうでしょうか?? ちょっと様子を見に行きますね。 le 4 jeudi 月曜日 //雪景色とは//三重県津市も初雪でしたが積もることもなく、夜中、青白い月が夜を照らしていました。さて思ったのです。例えば窓を開けたら一面の雪景色だったとします。 今朝は一面の銀世界、は事実でしょう。 ですが、この銀世界を作ったのは夜の積雪であり過去の残存物。 私たちが目にする現実とは、過去の残存物が静物として実存し、仮に雪が今なお舞っているのなら、その新しき雪こそが物質的に関与する今であるけれども、それは動体である。静物としての実存を感じるには未来を待たねばならない。 街の景色も山の姿も家具の配置もお皿の盛り付けも、形として認識するのは過去の残地。もし、現実が最悪だったなら、それは過去の寄せ集めが形になったのであり、過去の遺物。成功でも同じ。その過去の残存物を「今」であると認識するなら、これから先も似たり寄ったり、堂々巡りが続くのでしょう。 良い器が焼き上がった!!!これも過去の寄せ集めが形となったものであり、これを今の実力と思うなら、おそらく長く苦しい堂々巡りが始まると思う。 良い器が焼き上がった!!!これは過去の采配が良かったのだ。次の焼き上がりをもっと良くしたいと思うなら、ある意味、未来の窯出しに魂を寄せて、「これは過去の采配が良かった」と言える動きを、直ちに採らなくてはならない。今の現存物は過去の砂山。まだ崩れていないだけである。 立ち止まる、停滞する、澱む、保留する、後回し、塞ぎ込む、鬱、怠惰、酩酊、これら現状に留まる行為こそ戒めなければと思う。汚い部屋なら汚いまま。未来であっても汚いまま。今、掃除しないと未来は綺麗にならない。これには時間差が生じるけれども、どこに試練や鍛錬があるとすれば、美しい静物になる未来のために動き重ねる今の連続を放棄しないことだと思う。 静物になるためには時間は必要。 le 3 mercredi 水曜日 ただ今、12/4 遡って記述。 //窯出しは明日//順調に温度差がっていますが、今、開けるわけにはいかない。明日を待ちましょう。今晩から寒波到来だそうです。せっかく治ったこの身体、大切にしなくては。 場所を変えて本日も養生な一日でした。 le 2 mardi 火曜日 //昨晩が峠//本日も昨日と似た過ごし方ですが、ただ今、21:49完治した状況に。今回も抗生物質に頼らず治しました。数年ぶりに自宅療養。これは工夫の連続で大変楽しく過ごせました。幸せな性格だと思います。インフルになっても治す工夫が楽しいのですから。 人間は知恵ですね。風邪をひいたら反射的に薬を飲む。こんな生き方をしていたら、そもそも、どういう工程を経て人間は治っていくのだろうと知る由もありません。風邪やインフルは治っても結果的に、弱い人間になるのではと思います。 le 1er lundi 月曜日 //温熱療法+//症状から見てインフルです。今回はいつもの食事と入浴の温熱療法以外に、急須の1/5位まで梅肉エキスの溶いたのを入れましてレンジで温める。湧き上がる蒸気を注ぎ口から肺一杯に吸い込みしばらくそのまま。ポイントはここで胸を開くポーズをとる。そして吐き切る、繰り返す。灰の炎症を静める梅肉蒸気療法。 それ以外はひたすら寝ていました。明日もこんな感じかな?? |
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