平成31年1月 janvier.2019


le 31 jeudi 木曜日
//日本人の感覚ではない//自分が被害者に陥ったら、それは加害者に謝罪させる権利が発生して許す許さないも自分の胸三寸。  ところが、被害者かどうかは自分自身の判断であり客観性がないので周囲は【厄介者】だと距離を置く。対人関係の上下がこの感覚なので、謝罪することを一切しない。おまけに自分自身に有利になるためには平気で嘘をつく。もう、反射的に何も考えずに嘘をつく。実に日本的でなく理解不能の域ですが、よくよく考えてみると彼なりに理路整然としていて、謝罪を受ける側に立てば永遠の勝利。そして、そのためには嘘も戦略のうち。

結局のところ、ここは日本社会なので彼の行動様式はこののち断罪され追放となるのですが、そこに日本社会を延々と恨む素地があるのだと思うと、やはり、人は住むべきところに住み平安なのだと思う。


le 30 mercredi 水曜日
//偏屈//とても偏屈な人がいまして、聞くに、道路は真ん中を歩き車が来てもどかないとのこと。当初は偏屈だからそんなことをしていると思っていました。「なんで俺がどかなきゃならんのだ」と。
ところが、少し前、彼は車に轢かれそうになったとして激高したことがあります。かすってもいないのに激高。変な人だと。

ところが最近思い改めまして、彼は本当に気が付かないのだと。人が50mで気づく事柄を2mで初めて知る。だから、本当に九死に一生を得るほどのヒヤヒヤとした思いに襲われるのだろうと。

そう考えると彼の偏屈さは、例えではなく実際の視野の狭さから、ブレーキで言う「あそび」の部分がなくて、信号で言うと赤か青。あの人は「許すことができないのか」と思ってしまうのは、許せる範囲がないのだ。あんな危険なことは抗議してしかるべきだと。一種の発達障害を抱えて成長したと思うけれど、不評はこれに限らず数多ある。


le 29 mardi 火曜日
//24から12へ//1月も中旬に、今年ももう1/24が去ったと思っていましたが、それがまもなく1/12が経過してしまいます。早い早い。本当に速い。、


le 28 lundi 月曜日
//長者 飢え//まんが日本昔話を見ていてると、憧れやハッピーエンドでは「長者」になって何不自由なく。その一方、各地の昔話には困窮に伴う飢えとの闘い。その悲劇的な妥協の産物なども多い。


le 27 dimanche 日曜日
//蛸八長者//内容も絵も語りも可愛い。
何度も見入ってしまう。鴻池と出てくるから、伝説でもなんでもなく実話だったのか!??


le 26 samedi 土曜日
//日本昔話//良きことも悪しきことも、その結末は明瞭である昔話。世の治安を回復させるためにも、この番組は何度も再放送して国民に「果ての姿」を想像させる教育として視聴させるべきだと思う。


le 25 vendredi 金曜日
//笑い話だ//勝手に夢見て勝手にゲンナリしている。仮にそれを抗議したとしても、「知ったことか!!」になるわな。


le 24 jeudi 木曜日
//見れない//作業台には古いタブレットを設置して、youtubeを再生している。時にはラジコを聴いたりもする。ところが先日からyoutubeが見れない。調べるとandroid4.0.3は更新の対象外らしい。新しいのを買ったとしても、粘土で汚れた指先で操作するので、出来ることなら、この古い機種で引き続き見たいのですが。お手上げ。


le 23 mercredi 水曜日
//北の窓の外には//二階の北側の窓。そう、階段を上がったところにある北側の窓。実際の我が家の窓。外を見ると、物干しざおに両手でぶら下がっている父親が必死に助けを求めているのだが、それは母親に対する罵倒。その左側に母親がいて、助けるよりもアドバイスするよりも相手方の不理解を罵る。窓の中から、それらを見る僕は一刻を争う事態なのに何故助けるための知恵を出し合わない。会話がかみ合わないと焦る。次のシーンでは、同じ北側の窓の外に母親も物干しざおに両手でぶら下がっている。父と母の話はかみ合わず、母親がもう握力が持たないと手を外し落下。下を見ると命あるものの腰や肩など複雑骨折をして倒れている母親を見る。その直後、父親に死んではいないから大丈夫みたいなことを言っている。父の反応を知る前に、その恐怖のシーンで目が覚めた。


よくよく振り返ってみると、この夢の話の構成は見事にできていて、まさに「ソレ」なのだ。ただ、昨日も書きましたがショックだったのは、普通の生活に、「まだ見るのか!!」という傷の深さ。人を好きになれないと、その孤独癖が病理の域だと悩むのですが、そりゃそうだわ。と。この夢は、夢や希望ではなく、一生背負うのだから諦観しろ!!!という示唆なのだろうか。


le 22 mardi 火曜日
//夢に虐待される//あまりに酷い内容で目が覚める。その最低な夢こそ、僕の心の底流にいつまでも滞留する暗部。ショックだったのが、最近、何かの事件があったわけでもないのに、極めて平穏な日々だったのに忘れることをしない自分がいるのです。


le 21 lundi 月曜日
//3年とちょっと//50になる時点で永続的な関係の人がいないのなら、それ以降に芸活動に勤しむのは控えるつもりとは以前に書きました。おそらく、そんな人は現れないでしょう。僕の人生は、そういう方面は全くの不毛であったと諦観し、それでも生きていく自分を見つめなおして、不毛な分、人にはできないものを一つくらい花開かせようと。


le 20 dimanche 日曜日
//轆轤はじめ//大幅に遅れた2019年の陶芸。今年は急須を一つの柱とします。急須と香炉は二本柱。そして油滴天目茶碗が作れれば三本目の柱。残りは創作的な陶芸でありたいです。まずは急須の勘を取り戻します。20個作ってから冴えると思います。


le 19 samedi 土曜日
//ねんどやさん//最近、気晴らしのドライブが陶芸関連の資材購入のため豊田市藤岡町に行く程度になっています。休みは陶芸。たまの気晴らしに資材購入。たまの気晴らし、その②に、陶芸関連の美術館に行く。それ以外の動きは、各分野ごとに年に一回あれば十分です。


le 18 vendredi 金曜日
//私の週末//基本的に一人で過ごすことに価値を見出す僕ですが、その理由は邪魔されたくないから。好きなことをするために集中したいから一人を選ぶ。よって僕は〇〇は良い!!!!!と発信しても、それで誰かを誘うことはしない。誘うことによって〇〇の価値が高まるのなら良いのですが、そういうことはまずもってない。相手方が興味を示しご一緒したいという場合は大歓迎ですが、自分から誘うことはない。


le 17 jeudi 木曜日
//溜まる新聞//南信州新聞が、また半月ほど溜まり始めている。遅れて読むところに新聞としての価値は数分の一になると思うのですが、それでも解約の気持ちが湧かないから不思議です。去年は陶芸のゴタゴタで一度も行かなかったような気がする。あの記憶は一昨年!??


le 16 mercredi 水曜日
//轆轤回していない//まさかまさかの三連休は養生に徹したので、まだ轆轤はじめを致しておりませぬ。寒いせいか、平日の夜に回す気にもなれないし。


le 15 mardi 火曜日
//昔の人は//風邪もインフルエンザも、その境界は分からなかったと思う。だから風邪は万病のもとと言い知れぬ恐怖を感じていたのかもしれません。さて、境界が分からないとすると、インフルも風邪も養生は同じだと思う。その長さが違うだけ。思うに、濡らした手ぬぐいをオデコに充てるのはインフルエンザの高熱に対する処置だったと思う。あの当時、大風邪(インフル)の場合、寝て、栄養あるものを食べて、オデコを冷やして。これを10日ほど繰り返して治していたのかもしれませんね。


le 14 lundi 月曜日
//床上げ//金曜日の晩から非常態勢に入り今回の風邪は本日にその撲滅を宣言いたします。さて、この間、全ての対処は民間療法で執り行いました。

まず今回の風邪の特徴は激しい悪寒。そして体温が上がらず汗が出ない。これには参りました。
その対策として熱い湯に入り入浴剤に発泡性のものを入れ長時間。これが湯上りの保温効果に貧弱で、塩化物泉の入浴剤にするべきでした(土曜日)

黒豆酢を薄めたものを飲みましたが、その吸収の良さが体が芯から求めている成分だと体感で分かる。

梅肉エキス 濃い水出し緑茶 濃い熱湯だし緑茶 酒粕 ヨーグルト 発酵大蒜 ヨーグルト
御種ニンジン 庭の蜜柑 これらは積極的に摂取。

そして床上げの祝いとして今晩は牡丹鍋。


le 13 dimanche 日曜日
//予備日//床上げを月曜日に設定して本日もゴロゴロに徹します。いや~~この時間の過ごし方、贅沢ですわ。明日は、今回の養生の総括です。ラジコのタイムフリーでつボイノリオの聞けば聞くほどを聴きながらウトウトする心地のよさよ。

ただ、もう治ったと思ったのですが、今日の夕方、最後の抵抗を感じた。また体温を高めて寝るとしますわ。


le 12 samedi 土曜日
//おはようございます⇒おやすみなさい//決めました。今日は一日ベッドの中で過ごします。こうと決めたら、このような時間の過ごし方は贅沢の極みでもある。風邪でも引かない限りありえませんもの。

ラジコで信州SBCラジオの武田徹のつれづれ散歩道を聴きながらうとうと寝たりする心地の、なんと至福なことかな。


le 11 vendredi 金曜日
//さあ、寝ます。//昨日の寒さが祟ったのか、今晩は早く寝ます。どうやら三連休は陶芸に専念とはいかないようです。もう、何度も書きますが歯医者は定期的に通いますが、風邪の類は自力で治します。民間療法。

まずは共通する対策として、十分な睡眠。体温保持。大量発汗に水分と塩分補給。ビタミンcの積極的な摂取。これは即刻実施するとして、あとは風邪の特性を知り何を強化していくのか。


le 10 jeudi 木曜日
//今日は寒かった//こんなに寒いと言っていましたっけ???? どうやら名古屋だけ雲が覆いつづけ前日から滞留している寒気が温められなかったみたいです。日中の屋外の気温計は3度とか4度。


le 9 mercredi 水曜日
//ようやく//平日5日の仕事が何週も続くと体内時計は不思議なものでして、あっという間に過ぎていくのですが、今週は長い。本当に長い。さてさて明日は韓国大統領の記者会見の日らしいですね。なにかしらの表明があるとか言われています。今年は日韓関係が大いなる破たんに向けて、どこで踏みとどまるかの一年になると思いますが、去年の12月に書いた日記を再掲いたしますね。

le 4 mardi 火曜日
//なぜ、その声が聞かれない!???//日韓関係は破局へとその色合いが増してきます。その原因は100%韓国側にあるでしょう。ただ韓国民は反日教育の完成により、教師も生徒も反日を排して両国関係を見つめることはできそうになく、破局の前日まで【負けてたまるか!!!】 と気炎を上げているのでしょうか。さて、不思議なのは在日韓国人。彼らには日本の価値観も分っているはずですが、はやり破局の前日まで黙して語らないのであろうか!?? 一部在日の活動家は韓国本国顔負けで反日活動に勤しんでいますが、やはり諫めることもせず黙して語らない。断交したその日に声高に日韓の友情を涙ながらに訴えるのかもしれませんが、まさに今、断交の淵を目指して韓国人の反日暴走は止まらない。それを黙して語らない。

全く不思議なのは断交して最も不利益を被るのは在日韓国人だと思うのですよ。その危険性が日に日に高まっている。その原因は韓国人の道理に反した反日。反日のためなら条約も取り決めも破棄できると。全く無謀な暴走を誰よりも観察しているはずなのに諫めることをしない

やはり一つの結論を出すべきなのかもしれません。在日韓国人に反日暴走を諫める声がないということは、やはり韓国人は本国・在日問わず日本人を骨の髄から嫌悪しているのだと。今、大韓民国は大統領以下官民挙げて日本と戦っている。日本で生活しながらそれを応援しているのだ。

ようやく、在日韓国人が反日暴走に苦言を呈し日韓友好を言い出したなら、それは反日暴走の結果、在日韓国人の生活基盤が決定的に棄損されたが故の欲に基づく懇願に過ぎないのである。

日本への理解とか友好や友情を思うのなら、まして日本の土地を借りて生活しているのなら、はるか以前に反日暴走を諫める行動に出ているべきなのに、在日韓国人は黙して語らない。この在日韓国人の選択を
強い意思に基づく行動と日本人は忘れてはならないと思う。彼らは今、陰に陽に戦っているのだ。


le 8 mardi 火曜日
//今週末は//もう休みのことを考えていますが、三連休です。作陶三昧に特化します。いくら自宅に作業場を構えても、やはり集中して作陶できるのは休日しかない。今年は投資したこともあり、より一層傾倒するつもりです。もう、それ以外のことはしない!!!!!!!


le 7 lundi 月曜日
//仕事始め//今日から5日間。怠けに怠けた9日の緩んだ体には刺激的な月曜日。はたして5日間持ちこたえるだろうか。。。。。 今年は5月に日本国としては御代変わり。世界経済は加工しますが、この日本独自の祝儀に多少救われるのかもしれませんが、消費税が予定通りに上がったら霧散どころか、とんでもないことになりそう。増税するのなら、変なポイント還元とか対策とかする必要のない足腰の強さを待つべきかと思います。


le 6 dimanche 日曜日
//9日目//長いお休みも最終日。本日の夜には三の窯の窯出しも。長い休みの最終日、特に仕事始めの前日は【健全な不安】を覚えます。それは神や仏ではないので、明日は見通せない。ここに神や仏に帰依するための健全な不安が存在する。不安を無きものとして傍若無人にふるまえば世の道理として長続きはしないもの。 今日は、心静かに祈る時間を設けて明日を迎えるとしてます。


le 5 samedi 土曜日
//浜松//電気自動車にしてから浜松には度々行く。理由はいくつかある。①エコパークなる駐車場に停める。ここは普通充電設備がたくさんあって、ほぼ確実に駐車時間に充電できる。9時までに入庫すれば10時間500円!!! 浜松をブラブラ歩いて帰りは満充電で帰ることができるからです。②23号1号バイパスを使う快適感。数年のうちに全線開通すると緑区鳴海町の交差点の、一つ西側の信号が浜松市になる、まるで敦賀から網干行きの新快速みたいな、高速並みの無料区間。(現在は10kmほど一般道を利用しますが)  ③趣味の良い古本屋に行く 美術関連が豊富で、去年も今年も良い本が買えました!!!    ④天錦なる天ぷら屋に行く   1000円で、この内容は素晴らしすぎる。

帰宅後、二の窯の窯出しをして、すぐに施釉。そして三の窯を焼く。


le 4 vendredi 金曜日
//二の窯//初窯を取り出して、二の窯の施釉と窯詰。よって一歩も外に出ず。窯詰が遅いので、明日は特に何もできない。浜松でも行こうかと思うのですが、年始の浜松は、ここ数年のことです。


le 3 jeudi 木曜日
//初窯//年越し窯として元旦に窯を開けましたが、初窯としては本日焼成し明日取り出すもの。そのために施釉をしていました。年末大掃除をしたのに、もう汚くなっている。どうしたものか。

明日お休みのため9連休。この明日の休みがなければ、今日はこんなにのんびりとはできなかったでしょう。残り三連休となったわけです。


le 2 mercredi 水曜日
//改元窯//本日は三重県の祖母の家に日帰り。兄家族も合流。古写真がたくさん出てきて大興奮。軍人さんの姿が戦時下のイメージではなく、明治軍人のいでたちなのです。明治40年に届いた宮内省からの宴席の葉書には、その印刷技術の素晴らしさに腰を抜かしました。41年前は江戸時代というのに。

さて、ふと思いついたのが、今年の陶芸の方針。5月に元号が変わりますが、この変わり目に本焼成をし、この窯のみ改元窯として印も特別にし特別な器としたいのです。そのために、成功率を高めるのが平成の勤め。


le 1er mardi Nouvel An 元旦・火曜日 
//あけましておめでとうございます//本年も、皆様方にとり須らく幸いの日々でありますやうに。

ここ数年は、大晦日の23時過ぎに家を出て、旧東海道鳴海宿で響き重なる除夜の鐘を寺々で楽しみ、また帰るという10km超のウォーキングをしていますが、今年は本当に印象深く。。。。。

正月から下品ですが、あまりに強烈なので書かせてもらいます。【大】をしたいのに適当な場所がなく死の淵を漂う冷や汗タラタラの経験は、過去に二回。一つは八ヶ岳からの帰り。二回目は地下鉄野並駅から自宅までの徒歩において。そして三度目が、まさに今年の初詣の帰り。特に帰宅までの2kmは死の淵で、早く歩いたら走ったら振動で自滅するのではないかと恐怖するものの、残された時間は2kmは持ちそうにないと。。。 小さな公園にはトイレはないし、垣根の間で致すのは土人みたいだし。ここはボケ老人のように食べた記憶をなくし際限なく「ご飯マダー」作戦で、この襲い掛かる「致したい」気持ちを無きものにする作戦とか、すり足とか。。。。最も恐ろしいのは家の前から。鍵を開けるのは二か所。トイレを見ると、もう解放されたと体は自然に緩みだす。なんとか1秒前後の猶予があって、僕は文明人として致しました。そして便座で放心状態。20分くらい座っていました。


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