令和8年1月janvier.2026

le 14 mercredi 水曜日
//纏わり付く疲れ//本日だけはノンビリします。14時から二時間お風呂に入りましたが、それでも疲れが取れません。このあと、夕食まで仮眠。これでようやく疲れが消え去りました。インフルエンザに罹患した訳でもなく、単純に疲労過多の纏わり付く疲れ、久しぶりの感覚でした。お休みは本日だけの特別行動で明日からは再び制作に邁進してまいります。


le 13 mardi 火曜日
//幸せな帰り道//本日名古屋に戻りました。ちょっとした海外旅行から戻るような滞在日数。本日の帰り道、特に渋滞するところもなくて快適ドライブでしたが、なんだかとっても幸せな気分が続くのです。感謝と幸せと全方位に向けられる愛情、そんな豊な感覚を持ちながら名古屋に戻る。

昔の事を思っていたら新しい風は入ってこない。そもそも昔の事を思っても、今となっては関係ないことだし再現性0だし、無意味な空想劇なのです。この辺りを忘却の彼方に送ったなら、また新しい人生も拓けてくることでしょう。変わらないのは手放さないから、変わる余地も無いのであって、最初の一歩は手放すこと。


le 12 lundi 月曜日
//全く暦とは関係が無くて//自由業になると三連休とか関係が無くなります。三重工房において曜日の感覚が分かるのは火曜日が温泉の定休日、ただそれだけ。金曜日に海軍がカレーを食べたように、消え失せる感覚を保持するのが火曜日。本日は三連休最終日なのですが、制作してばかり。これが好きで始めたことなので救われていますが、会社とか強制労働とか役務的になると時間の経つのも遅くなって恨めしく思えたりするものでしょう。どれだけ長く制作しても陶芸だから許される。これはとても重要な事です。


le 11 dimanche 日曜日
//指先に青空//私は北を向いて轆轤を挽いています。窓は背面南側。磁器土に光る指先に青い輝きがありまして!???と思ったわけです。その青さは背後の窓の向こうにある青空の色でした。

朝、工房に入ったら、カップに観音霊水を入れて外に出ます。そして、先程登ったばかりの太陽を眺めながら、祈りを込めて身体の中へ。もう一杯同じことをする時もあります。三重工房の良いところは日の出を、ほぼ水平線の高さから拝めること、都会や三峡では望めない立地です。


le 10 samedi 土曜日
//この時期//制作に集中する時期とは書きましたが、これは私だけではありません。皆さん、どういう過ごし方をしているのでしょうか??? 常々思うのが、情熱無き者から脱落していく世界。技術の面で言ったら、瀬戸を卒業したころの私は最下層で淘汰されても良いはずでした。浜松で二日とも売れない日があったり、厳しい洗礼を受けたのもこの時期。ですが踏ん張って今に至ります。収入の面では前職に比べると遥かの及びませんが、伸びしろは無限大で、これも私の原動力の一つです。

幸い衰えることの無い情熱でもって日々過ごしていますが、では、私が先頭集団化と言えば、世の中には、火の玉になって頑張っている作家もいるはず。私の競争相手は彼等であって、情熱の競い合いになります。最近、夢の中で制作はしていません。ですが火の玉は違っていると思います。その意味においては、私は彼等の背中を見ているわけです。


le 9 vendredi 金曜日
//一度は試みるべきか!??//制作時間を確保するため一日二食で過ごしていますが、これを一食と間食で済ませる実験を試みるべきかと思ったり。朝工房に入って、少しでも暖気にするため、一番の仕事は火熾しと煮炊き。そしてボリューム満点の食事と採り、あとは間食程度で一日を過ごす。慣れるまでは大変そうですが、慣れてしまったら、1-2時間ほど新しい時間が産まれそうです。戦時中、国会前も芋畑にしたように、24時間から生産時間を掘り起こさなくてはなりません。それと休憩時間も減少の方向で。


le 8 jeudi 木曜日
//7:30//名古屋に居ても三重工房に居ても起床は7:30になってしまいました。ごくごく自然に目覚めるのがこの時間。寝るのは22-23時の間。前職の頃や瀬戸時代では考えられない睡眠時間ですが良いこともありまして、それは日中、全く睡魔に襲われないことです。勤めていた頃は13時から眠たくて仕方なかったものですが、そういう感覚が一切消え去りました。適正時間なのでしょう。

工房内の暖房は火鉢が三つと豆炭アンカが二個だけ。ロクロの側に火鉢を一つ。アンカは腰と背中にそれぞれ配します。幸い背面にあたる南の窓から日光が当たり日中は温かくして過ごせます。そもそも平屋ですが二階建ても可能なほど天井が高くて、空間全体を冷暖房することは経済的に無理なので夏と冬は何かしら工夫して乗り切らなくてはなりません。


le 7 mercredi 水曜日
只今、1/13 遡って記述。
//集中制作期間//とにかく作って作って焼きに回します。3-4-5月はほぼ制作出来ないので、1-2月が貴重な制作の時期。何だか粘土を買いに行く暇さえ無さそうで、その辺りは少しだけ不安です。

洗濯物は工房内で干していますが、これが失敗で、煮炊きの火鉢の煙で燻製というか香ばしくなってしまいます。少し窓を開けて車中で干すことも考えなくてはなりません。それと縄跳びを買いました。運動する暇もないので、せめて縄跳びをして別なる筋肉の使い方を!!これが全然体力が無くて、日頃座ってばかりの筋力低下がここまで進んでいるとは。対策しましょう。


le 6 mardi 火曜日
//年末から本日迄//本日は父上の付き添い二件と母上と買い出し。年末から本日迄、家の所用を同時にこなす日々でしたが、その所用も本日で目途が付きました。明日からは当分、制作に専念できます。

慌てない 
怠けない 
軽やかに夢中で、よそ事考えず制作に専念して、理想を具現化していきましょうぞ。

人間に無限の可能性を感じます。
クリエイターは、既に頭の中に形あるものをこの世に具現化するのですが、この行為は芸術家の専売特許でもなく誰でも等しく行えることです。料理なんてものは典型例ですね。今晩のおかずはと考えて、それを具現化する。ところが多くは平々凡々になってしまうトリックは、その想像を縛る現実の冷蔵庫の中身が理想を限定し、料理に爆発力を持たせないと思うのです。

芸術家に社会適応性の無い人が散見される根拠は、社会という規範の縛りによって理想の萎縮を恐れるからでしょう。ところが人間国宝とか一流の芸術家工芸家が、その様であるかと言ったら、大多数は一般人以上に規範ある人々だと思うのです。これを論ずるならば、彼らの束縛されない自由領域というものは、技巧の青天井。凡人なら諦める繊細な動きを、彼等はまだまだ序の口と、究極のミクロに入り込み、そして無限の広さを得るからだと思うのです。工房での彼等を見ると鬼気迫るものがありますが、それこそミクロの世界を見る姿勢であり、そのミクロの世界で工芸家は全く自由で爆発的な理想を具現化します。

芸術家に狂っているところがあるならば、まさに、どこで遊ぶかであって、その遊び場所が凡人には到底理解できないからである。

あの陶芸家もこの陶芸家も、輝く陶芸家は皆、朝から晩まで没頭しているはずです。飽きないのかしら??と思わるほど毎日毎日、粘土を触っている。ですが上述のように、陶芸家にとって粘土を触る事こそが真の自由領域であり、だからこそ理想も青天井で具現化されて行くと思うのです。

一方、アーティスト気取りで薬物に手を出す人もいますが、思うに全く自力では鬼気迫れない人であり、彼の持つ情熱の熱量は凡人の趣味程度なのでしょう。対象における夢中の度合いが低すぎて鬼気迫れないからこそ薬物に手を出すと思っている。

感性を研ぎ澄ませ、焦点を合わせ、技巧に手技に没頭するならば、その先には広大無辺な自由領域が広がっており、どんな理想を思い描いても良い。そして、これが具現化されていくわけである。



le 5 lundi 月曜日
//仕事始めに相応しく//今年初めて粘土を触りました。楽しくて仕方がない。ですが冷静に考えて時間が全く足りません。とにかく作りに作って良品を確保しなければ、この後の出店が頓挫してしまう。よって全力で事に当たらねばならぬのですが、悲壮感漂う頑張りではなく楽しくて軽やかな夢中でもって制作していきます。


le 4 dimanche 日曜日
//智慧//元日の法要で老住職が人を一番救うものは「知恵」であると言っておられました。知恵があれば人は救われるし、知恵無き者には災厄も近いということでしょうか?? 今年も夢中で理想とする美を具現化させます。途中、行き詰ったなら知恵でもって解決して参ります。

大倉和親が【良きが上にも良きものを】と述べ、これが社是となりました。この思想は全く持って素晴らしく、美への飽くなき追及なのです。私の場合、【更に未知なる美的表現】でしょうか。美しい結晶釉の表現が達成されたからと言って、そこで止まってはならぬ。更に未知なる美的表現の確立に向けて、心は未来に置きまして、その心に向けて今を全力疾走する、そういう創造者でありたいものです。

明日から仕事始めの人は多いでしょうね。仕事始め式で、どの様な訓示があるのでしょうか??私は一人なので自分に言い聞かすしかありません。その場がこの日記であります。世間には社長と呼ばれる人は数多といますが、業績の伸びている社長の訓示と、毎年下がり続ける会社の訓示とでは、何かしら決定的な違いがあると思います。そういう訓示を集めた本でもあれば読んでみたいですね。思うに、伸び行く会社は、社員に対する愛情と信頼に溢れ、期待しなくても期待に応えてくれる素晴しい図式が構築されていると思うのです。


le 3 samedi 土曜日
//事務仕事//年末の仕事と思っていたのですが年明け一番の仕事は事務仕事。専門家に言わせたら、まったく支離滅裂なのかもしれませんが、とにかく正直に記載して何を誤認しているのか、その指摘は有難く頂戴して知識を増していこうと思います。

//答えは一つ//今を一生懸命生きるだけ。将来の姿は今の頑張りが咲かせる花のようなもの。不安に思ったり誰かと比べたり、その華やかさを羨んだりしても、大切な今をそれに費やすなら、未来も同じく、不安は付きまとい誰かの華やかな成功に嫉妬ばかりしているのでしょう。どこかで舵を切り替えるならば、それは今であって明日ではない。陶芸家と名乗っても美しい作品を作れないのなら、陶芸家としての成功はない。国籍問わず海の向こうでも誰もがアッと驚き魅了される美しき作品を作って、世界を切り拓こうと思います。

至急作るものとして
フラットプレート小丸50枚 一輪挿し50個 植木鉢100個 マグカップ25個 黒小丸25枚
この次に作るものとして
碗・鉢100個 フラットプレート角50枚 一輪挿し50個 植木鉢100個

明日は撮影に書類作成、素焼窯点火。


le 2 vendredi 金曜日
//三重工房は年末のまま//せっかく三重工房を作ったのに、約一か月不在にしています。この間、名古屋でも制作しましたが、大きな工房を作ったのは、それなりの意味があるので、やはり不在が長すぎる。慌ただしく名古屋に戻ったので新年を迎える準備は何もしていません。当分、名古屋に居ますが、元旦は大きく過ぎたにせよ、流石に掃除から始めなければと思います。

待ってもらっている案件が4つあります。これに春の出店のために作り置きもしなくてはならず、やはり今年も時間はなさそうです。詳しく書けば、依頼の案件、商品としての作品、公募展に向けた作品、自己の新領域のための作品。


Nouvel An jeudi 水曜日
//あけましておめでとうございます//よく食べて大いに笑った元日になりました。
年末からの忙しさは全てこの日を迎えるための準備。明日は真の意味でノンビリできそうです。

例えば粘土で1000個作品を作り上げると、その姿は圧巻であって見入ってしまいます。ところが100年魅了されても、次の行動に移らなければ全く意味をなさない。私は間髪入れず素焼の工程に入らなければならないのだ。そして1000個の美しき完成品が焼き上がっても、見つめてばかりでは全く意味をなさない。

現在見る一切は過去の結実。これが美しかろうが、その時点で動きを止めたら、それでお終いなのだ。現実は未来に何の関与もしない。どれだけ美しき作品を作れるようになっても、どこかの時点で動きを止めたら過去の遺物になる。陶芸家としても過去の人になる。全ては未来に心を寄せ、それで今何をすべきかなのである。美しい作品を作りたいだけなら、窯出しの時点で終了。陶芸家として成功したいなら、窯出し後にも必要な動きがある。

兎に角、陶芸で魂を謳歌すると決めた以上、常に成功する陶芸家であり続けなければならない。だから今、相応しい行動が出来るのだ。

去年の最大の収穫としましては、上記記述の行動規範と平行して軽やかな心持で、これを実践するべきであると知ったことです。どれだけ没頭しても悲壮感漂ったり見返す気持ちとか、ましてや復讐的な気持ちであるならば、それは意固地な愚か者のする行為なのだ。夢中とは同じ没頭するにせよ、軽やかで楽しむ精神性を兼ね備えてこそ、花開くものである。

今年も宜しく御願い申し上げます。


 
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