令和8年3月mars.2026

le 16 lundi 月曜日
//時代は、お天気//今朝の速報でwtiが再び100㌦超え。アホが仕掛けた戦争が、目論みと違って長期戦になりそうだからです。この影響は世界を覆いそうですね。お天気で言うなら、黒い雲が空を覆う。

江戸時代、長雨が続いたら、雨の日の生産活動に転じて、その日その日を意味あるものにしたと思います。思うに、1-2日は休養に当てて3日目からは内職的な仕事を家の中で始めたと。アホが仕掛けた戦争の影響は、総じて悪い方面で世界に広がる。ですが、嘆いたり悪態付く力があるなら、その環境下で出来ることを、それも価値ある過ごし方を見付け実行に移すしかない。文句ばかり言って今まで通りの仕事が出来ないと、動かなくなった機械の前に一日中待機するようでは、その人は真の意味で会社に必要ではなかっと露呈する、経営者にとっては良い機会にも転じてしまう。

好況・不況は螺旋階段のように現れたり消えたりするのは、資本主義であるならば常の事と覚悟するべきだし、そういう覚悟があるなら、折々に相応しい行動が出来るはずである。今回はアホが仕掛けた戦争で、予想外の不況がやってきたと。でも、裏表の理論で言うなら時期が早まっただけ。

する事ないから、工房の工場の整理を来る日も来る日も実施するようでは、これも知恵無き行動。することが無いとは、新しいことをする日々である。結果はまだ現れませんが、忙しく試行錯誤し、新規開発や実験なり、後日の種まきに当てるべきである。

どの様な状況下に置かれても、意味ある行動をすべきである。忙しくて、やりたいことが出来ないならば、絶好の機会だし、いつか挑戦してみたい篤き思いを秘めているなら解放する機会でもある。こう考えると、平素から情熱をもって挑むのであれば、迷いなど存在しないのである。やってみたいことが渋滞しているのだから。


le 15 dimanche 日曜日
//携帯番号//30年程同じ番号です。今となってはメールでのやり取りですが、それでも喫緊の課題とかなら、携帯にかかってきます。本日怪しい電話がありました。実家の番号に、名乗らないものの「大変お世話りなります」と、全く持って怪しい。そもそも、お世話になるくらいの間柄ならメールなり携帯にかかってくるので、瞬時に詐欺の類と判断して、電話を切りました。家族にも改めて言いました。
●30年携帯の番号は変えていない。
●陶芸活動で実家の番号は公表していない。
●今はメールでやり取りする時代。
●緊急の要件なら携帯にかかってくる。実家の番号で呼び出すこと自体怪しい。詐欺と判断するべし。
●そもそも第一声からして名乗らない。仮に名乗っても実家の電話で呼び出すこと自体、ありえないと。

これを機に防犯カメラも今一度点検しましょう。

そうそう、前に中学の同級生から連絡がありました。携帯以前の付き合いです。では、どうしてコンタクトを取ってきたかというとfacebookからです。あちらは本名だし、旧友であっても瞬時に思い出せて話に花が咲きました。皆さんも気を付けましょう。


le 14 samedi 土曜日
//mac book neo//かなり性能が良くて格安とのことなのでノートpcを買いました。初のMacで不安でしたが、あらら、実に簡単で快適。これで三重工房でのpc問題も解決。生きた使い方をして、私をますます成長させましょう。買い物も出会いも、全ては私の陶芸人生を盛んに豊かにしてくれる存在であって、だからこそ毎日が楽しくなる。


le 13 vendredi 金曜日
//危機こそ飛躍の機会//コロナ禍の頃、私は人類の英知が必ず克服するとして、この閉塞感こそ準備の帰還に相応しいと退職しました。アホが仕掛けた戦争がどのくらい長引くかは分りませんが、仮に大不況が長引くとなれば、この間に体力尽きる会社も出てくることでしょう。どういう段階で人生の在り方が大きく変わるか、全く読めない時代になりそうです。

私の場合は身軽なので、稼ぐより準備に適すると判断したなら、迷わず舵を切りますが、事前に準備の質は高めなくてはならないでしょう。


le 12 jeudi 木曜日
只今、3/13 遡って記述
//私だけではないので//トランプのアホが戦争を仕掛けて、ガソリン価格が暴騰。この影響は全国民に大きくのしかかるでしょう。でも、この災難を如何に意味ある時間として過ごすのかが最も求められる行動な訳でして、アホを罵っても仕方がない。私は、原土の精製とか素焼以前の制作の大量ストック。正直、アホが戦争を仕掛ける前は、忙しくて目が回りそうでしたが、大きな修正圧力がかかりそうです。


le 11 mercredi 水曜日
//祈りましょう//大震災から15年。その日の事は覚えています。丁度、会社につく頃、車が揺れる。強風でも吹いたのかと。そうしたら周りのビルから人が出てきて、揺れている建物を見上げている。振幅が長いので、遠くで大地震が生きたと理解できました。それからテレビで津波が到達する映像を見ていました。

あの頃は、陶芸家になるなんて考えてもいませんでした。ただ直近、2月の最終土曜日に初めて陶芸を一人体験した私が居ただけです。そして雷に打たれたような衝撃が全身に走り、これは今に至ります。何度も書いていますが、それ以来、週末の度に陶芸館に通っていました。確信していることがあります。あの大震災で志半ばで亡くなられた陶芸家はいたと思うのです。調べれば、今の作風に酷似した陶芸家さんがいたと信じています。どうして、こう確信するかですが、全くの素人が数回通っただけで皆が驚く作品を創り始めたからです。今でもそうですが、特に考えることなく次は何をすべきか頭に湧いてくるからです。偉大な御導きを毎日のように感じます。つまり、私の肉体を通して「志」を具現化して欲しいとの強い願いがあちら側から降りてくるのです。

心強く思います。全く一人で歩み始めた第二の人生。心も技術も運営も不足感が無いのです。この世界では一人の陶芸家ですが、私を構成するのは豊かに輝く多くの魂。これをこの世界で一人の陶芸家として構成し運用する、これこそ一つの芸術作品です。私は私が心底好きです。

本日は国民全員が捧げる祈りの日です。


le 10 mardi 火曜日
//左折した//本日はお待たせしていた作品を納品。有難いことに買い取りです。つまり勝った側は売れない限り不良在庫になるので盛んに宣伝してくれます。さて、その帰り、直進すれば前の会社の前を通るルート。実際、直前まで行こうかと考えましたが、左折しました。過ぎてしまった所を懐かしむ生活ではないので、妙な感慨は無用と判断しました。私が頑張っていると同様に、あちらも頑張っている。それで良いじゃない。

一つの案件は完了しました。過ぎてしまったことなので、早速次なる行動に入りましょう。とにかく作る。良品の在庫を増やす。値上げしても納得の作品を量産していく。成功したら次なる展開、失敗したなら改善で成功に導く。どちらに転んでも旧態依然というのか慣れた制作に安住しません。毎回、新規に試みる。変わっていく自分を喜びながら迎え入れます。全く不思議なもので、以前の私は変わらないことに価値を見出していたのに、今となっては、その停滞を取り戻すべく、良きに変わったとしても、直ちに次の姿へ移行する。良きは、その良きだけが良きではないのだから。


le 9 lundi 月曜日
//快進撃//朝一番で確定申告等書類の提出。会場で粘土の在庫を聞き帰宅を選ばず購入へ。400kg!!! 粘土屋さんで最近の焼き上がりを見せたらギャラリーに置いていただける段取りとなりました。12時ごろ帰宅して、髪結い。帰宅後、今年に入ってからのレシートを整理し、夕方、父上の通院介助。夕食前にたっぷりと入浴し、ご飯を食べて今に至ります。


le 8 dimanche 日曜日
//成るべくして成る//一喜一憂したり癇癪を起したり念を送ったり、そんなことはしません。今を大切に生き生きと過ごして、成るように成る。全ての出会いは、この活き活きとした我が人生の生き様の延長線上に現れてくるのであって、根本は毎日を情熱的に夢中で生きることである。

食事して得た体力で理想を具現化するように、折々に出会う人は皆、私を応援してくれる人、引き上げてくれる人。


le 7 samedi 土曜日
//単日イベント//土曜日のみの出店で、しかも植木鉢限定。なのに単日としては有り難いお客様でした。出店初年や二年目の良く売れたイベント(土日)を陵駕しているので、驚きの土曜日となりました。これも継続するが故の今であります。売れない頃に匙を投げていたら今は無いでしょうし、たまたま運が良くなかっただけと自分の作品を省みなければ、同じく本日の経験はありませんでした。失敗しても成功しても常に改良し続けることが、こんなにも大切な事であったのだと知りえるのも、継続したからであります。

と言うことで、これからも続けて行くので、もっと素敵な光景が私を通り抜けていくのでしょう。兎に角、技量を高め値上げに相応しい作品を作り続け、構図としては【今が一番安い】とします。もちろん、お客様には納得の作品であることが大前提なので、日々、改善と挑戦なのですが、いづれにせよ素晴しき世界の住人として努力する仕組みは、感慨をもって天に感謝するのです。

//情熱によって参加し、情熱衰えた者から去る//毎年、芸大や専攻科から陶芸家が巣立っていきます。人の死を別とするなら、増加の一途になるのですが、実際は違う。情熱衰えた者から去って行きます。二等兵というのか最も劣なる退場者は在学中に退学。次に卒業したものの別な道。そして独立した先にある辛抱に耐えられず去って行き、他業種の年収に惹かれ転職し、これは同情しますが老いと疾病により退場するもの。そして陶芸家として人生を全うし天に昇る者。

陶芸家を引きはがす要因は実に多いのです。

でも、見方を変えれば幸いで、情熱さえあれば自ずと道は拓ける。当の本人が心底楽しく作るモノには他を惹きつける力があるからです。その力の多い少ないは究極的には陶芸家の情熱に帰するものであるから、成功しない陶芸家は、その面で他の陶芸家に遅れているのでしょう。技量を高める日々の行動も情熱次第で上下するのですから、結果が違って当然なわけです。


le 6 vendredi 金曜日
//防寒//明日は北風が強いのでテントは持参しません。晴れますが終日、北風を浴びる一日です。これもきっと楽しい思い出となるでしょう。新しい出会いにも期待です。そんな思いで準備をして、提出書類を清書して早めに寝る一日なのでした。


le 5 jeudi 木曜日
//ボンと降りてきた//今から文章にしますが、ボンと降りてきたのは全てを包括する感覚で理路整然とした言葉ではありません。これが本日最大の収穫です!!!

①願いは純粋に遠慮はいらない。そういう迷いなき願いを持つ。
②願いは待っていても叶わない。行動して始めた叶うのだ。
③その願いのための行動は①に指摘したように遠慮の無い純粋なもので、迷いもない。邁進できるものである。
④つまり③のような願いは自ずと絞られる。遠慮なく純粋な迷いなき思いを行動し続ける、その対象には【深い愛】があり、有るからこそ初めて可能なのである。
⑤結論 純粋に遠慮の無い願望を
達成させるための行動に心底楽しめる愛があるのか!?その愛を持って行動すれば、願いは簡単に叶う。

どうして、こんなことが湧いて出てきたかというと、宇宙に点在する星の位置。塵が集まり星になったとは聞きますが、重力に吸い寄せられた塵に、別なる推進力があったわけではない。ただ、存在の全てを重力に持っていかれ、それが集って星となり、その位置に存在するのである。これら構成要素が別の方向に行っては戻ってみたり迷いながら右往左往はしなかったはずである。

こう考えると、とっても重要なのですが森羅万象、全てはそうなるべくしてそうなった、のである。迷いなく。

願望の実現とは、全く自由ではあるが【深き愛の有無】によりかなり絞られる。その絞られた領域に人生の道を定め行動した者こそが無限に大成するのでしょう。


le 4 mercredi 水曜日
//与えられた時間//幸せだと思うのは週末陶芸家を卒業できたこと。本当に好きな事に専念できる環境は有り難い限り。それを48歳、いや独立の50歳かな、この辺りで味わえる環境になったのだが、やはり尊く大切に維持しなくてはならない。よって全ての出会いも、陶芸の延長線上に展開されて、私を力強くする一助であるべきです。誰かに振り回されて粘土も触れない、そんな出会いがあるとしたなら、きっぱりお断りです。でも、そんな出会いはないでしょう。仮にあったとするのなら、やはり我が道の伴走者であったり沿道の応援の人である。どうしてこう言い切れるかと言ったら、私の全てが陶芸だからです。陶芸という幹の枝葉なのです。


le 3 mardi 火曜日
只今、3/5 遡って記述。
//全ては//物事には順序があって、全ては最善なのである。昔は遅々として進まないことに癇癪を起こしたりもしましたが、この歳になって分ったことは、「今は、その時期ではない」と進まない真の理由を感じるのです。それは遡っても言えます。あの頃は失敗作であったり使わない釉薬も、光輝く時期が来るからです。ですが、今、その実験をする余裕もないので、まるで将来を見通したように必要なものを創っていたのだと実感します。


le 2 lundi 月曜日
//悪意無き解消//私の尊敬する作家さんのブログで、自身の成長と共に付き合う人は変わっていくとの長文がありました。ヨチヨチ歩きの頃に応援してきださった方々は、今になっては過去の人。これは語弊がありますが、詳しく書けば、ヨチヨチ価格で応援してくださった人と成長した今を支える人の「質」は明かに違っており、それは仕方ないことだと。

この冷徹なまでの宣言は私の心のどこかで今も存在し続けています。見える世界が変われば付き合う人も変わる、どこにでもある内容ですが、それを分析すると残酷であり冷徹なのです。知り合いの作家さんに値上げの出来ない人がいます。心が優しいようで、値上げすると糸が切れてしまうと、そんなことを言うのです。

私が心するのは値上げしても納得の質を提供する作家になること。


le 1er dimanche 日曜日
//宗教国家なら//イランのハメネイ師が亡くなりました。個人的にイランの国家体制は好きでした。大統領の上に君臨するのが精神的指導者、師。世界にはこういう国があっても良いのだと。ですが宗教指導者が最高位にある国が、ウクライナ戦争でロシアに与する姿を見て、アメリカ憎しが理由なら事の善悪も曇るのかと大いに失望。どんなに苦しくともロシアを批難するイランであってほしかったのに、あろうことかウクライナを侵略する武器を支援するのだから、宗教指導者が国家を指導しても、この程度なのかと。これでアヤトラ体制は終焉するかもしれませんが、当然であったのでしょう。

この観点で言うと、道理から逸脱するものは早晩自壊する。これから先、プーチソかもしれないし、グリーンランドを占領するとかいう大統領も、その列の候補かも知れない。潮目が変わったらネタニヤフ大統領も加わるだろうし、アジアでも二人位存在する。
 
→→→先月の日記←←←