novembre.2009


le 30 lundi
//急速に馬鹿になる// それは自分。
ネットの発達で自分の意見は毎日発信できるというのに、何かを読むという行為が急減。語彙力の亡失は恐るべきものがあります。
天竜村史読破の次の大型企画は、大辞林読破ですが、なにせ「あ」から始まる物語性の皆無な分厚い一冊。

一度読んでも覚えられない。
しかし二度三度なんて、まず読めない。
一期一会の頁ですが、一度目を通して掘り起こし作業をしなければ。

忘れているというのは、何を忘れたかさえ忘れているのであって
網羅的に読まなければ思い起こしの手かがりさえつかめない。

le 29 dimanche
//そして僕は、、// 日曜の7時に目が覚める。外は寒い。そして曇り。
流石に寝ることはありませんでしたが、外に出ないまま。
やはり脳の再生が遅い。覇気があまりない。

夕方、一時間ほど散歩して初めて生き生きとした感覚になり食事も美味しく特に足の先の血の巡りの良さを覚えますし、覇気が出てきました。

と、この時間に覇気が出てきても遅いのですが、
あのまま土曜日の感覚で生きていたら、月曜の仕事がつらいと思い、
重い腰を上げて気分転換をしたのです。


ニートの類がいつまでもニートなのが分かりました。
ダラダラしていると擬似冬眠のような生活。
脳が萎縮すると、さらに苦痛から身を守るように
脳を小さくして内に内に刺激から遠ざけようとする。

いつの日か老人になり
会う人もいなければ体力に老いを感じ
外の喧騒が嫌になり篭りがちになるでしょう。
特に冬の寒い日なんてのは、布団に入ったら出てこない。

この安楽が2日も続けば
脳と筋肉が萎縮して寝たきりになるのだろうと思いました。
とにかく寒くても会う人がいなくなっても
体は動かして血の巡りを良くする。

ニートや欝や引き篭もり。
それはちょっとした自己防衛が過ぎてしまい
脳が萎縮して正常な判断ができない。だから益々内に篭って
外部の刺激を嫌悪する。
この転落の速さは驚くべきもので、恐ろしさを感じたのは
良き収穫でした。

今月もまもなく終わりですが、
見事なまでの倹約。貯蓄の月になりました。
最初は、それでも生き生きとしながら内の生活を楽しんでいましたが
昨日今日はそれも飽きてしまって、この際だから徹底して寝ようと決心。

そして19時間とか寝て、
引き篭もりの淵に自分が立っていることに気がつきました。

精神衛生的に健全か?
よく分からなければ、体に血の巡りは良いか??


本当に恐ろしいと思ったのは、
寝すぎて萎縮していたとき、眠たいのに起きなければと
酒や薬物が手元にあって、それを口にすれば覇気が出ると
そんな誘惑が手元にあったら、、、、考えるだけで恐ろしい。

こんな弱い自分の状況で酒に頼って解決策を見出したなら
寝て楽をして、起きたくて酒を飲むと、、、アル中に転落したのだろうと、、、
あーーーーー恐ろしい。

血の巡りが弱いとまともな判断ができません。
体は動かすべきだと痛感。

le 28 samedi
//19時間// 起きていたのが5時間なので寝ていたのが19時間。
ある意味、自分を追い詰めました。
ニート体験入学。寝たきり疑似体験。

金曜の23時から寝て、8時に起きる。11時に寝て19時ごろに起きて20時から寝る。性格には日曜の7時まで寝ていましたが、土曜日24時間を見てみると、19時間寝ていました。

つまり今、日曜にして土曜の日記を書いていますが、
産まれて初めての体験をしました。
寝すぎると特に上半身が萎縮するのか起きると背中が痛い。
それと一回、胸が苦しくなりました。寝過ぎが原因と思われます。

まず金曜日食べ過ぎて、土曜日に食べる気が湧かない。
体を動かすという対策よりも寝ていて食を細めるほうを選択肢しました。。。

寝すぎて食も細めると、その日のうちに脳も萎縮して
覇気がなくなる。時間はたっぷりあるのに眠気は取れず覇気がない。

マイナス方向の利点を見つけ、さらなるマイナスに導く自分がいる。

時に、これではダメだと思い、酒でも飲んで気付けと思いましたが、
こういう安易というか怠惰な飲み方は、アル中になる最も簡単な方法だと、
ダラダラしていたわりに、酒だけはダメと戒めていました。

はっきり言って危ない人体実験のような気もする。
寝すぎる果ては?と思って寝ていましたが、
寝ても寝ても覇気がなくなり眠たくなる。
そこに気分転換の手段として酒の選択肢も見え隠れ。

やはり疲れていても、養生と称していても
少しは体を動かして、脳の萎縮だけは食い止めなければと思いました。

いづれ歳をとり、寝ることの安楽を選択しがちになりますが、
瞬く間にやってくる恐ろしさを知りえたのも良い経験になりました。

馬鹿みたいに寝ていると、本当に馬鹿になって
まともな選択ができなくなると、19時間寝て悟りました!

le 27 vendredi
//東方紅// 名古屋市西区那古野の中国料理・東方紅。★5つ。

そうそう昨晩は、仕事終わってからヘアサロン。
毎回、気になる焼き鳥屋があり小奇麗で客の入りが良い。
昨日初めて入りましたが、こちらも★5つ。

今週は四日の労働なのに、なんか普段にまして疲れました。

ネトウヨ的発言をしますが、鳩山ってダメですね。
夫婦そろって頭おかしいと思う。
国民感覚から乖離した金の流れ。
小沢さんも世代交代を恐れるあまり鳩山にしたのでしょうが
岡田さんにすれば良かったのに。

le 26 jeudi
//台風// 先日は905hpとか、もう訳が分かりません。
芯の芯まで冷え切った冬。そんな日が幼少の頃名古屋にもありました。
真冬日も1-3回はあったものです。  

温暖化。温暖化で植生も勢いが増し年中光合成がなされているのなら
多少は抑制するのかと思うのですが、素人判断なのでしょう。
砂漠化で元も子もなし。

さて、まもなく訪れる週末もさして予定がありません。
一年間に12ヶ月があり、そのうち一ヶ月を消費のラマダンとして支出を戒めるのも、昨日の日記を読んでいただけたら真意のほどを分かってもらえるかもしれません。

それと、一度追い詰めると新しい道を見出すものです。

le 25 mercredi
//賢い自慢と、誤魔化しと// 良きに思われたいという欲求は
誰にでもあるでしょう。だから身支度に鏡が欠かせないのです。

しかし国民の意思伝達手段の最たるものがネットになった今では、
鏡に映る自分よりも、今食べようとしている、ステーキなり
買ったばかりのバックの写真が必要となってきています。

小奇麗にした自分の顔は二の次三の次、
いやいや最後まで出番がないかもしれません。

ネットを見れば、
どこに行った、何を食べた、何を買ったの報告大会。
(政治的宗教的な話題を避ける日本的な立ち居振る舞いでもありますが)

僕が思うのは日本人が最も豊かな時代は1970-90年頃でしょう。
あの頃は、働き口は沢山あったし
安定した収入が望め家も買えたし車も買えた。
携帯電話が500のペットボトルのようにデカクて高価でしたが、
そういう科学の進捗で豊かさは計れません。

滑稽と思うのは、豊かさのピークは10年以上も前に過ぎ去ったのに
あの頃でさえ躊躇する散財を
当たり前のように報告するmixiの週末の日記。

たぶん、日本国民は貯蓄をしなくなったのだと思う。
家を諦め車は必要ないという。
その代償としてのグルメ日記。

確かに円高や規制緩和で
安い食材は大量に入ります。

肉を食う負担感というものは、
今の日本人にはないのかもしれません。

ダラダラ書いていても結論は遠ざかるばかりですが、
雇用形態も変わり、それが結えデフレ地獄が始まり
安定した収入が望めない国民が、驚くべき勢いで増えてきています。

しかし、ネットの発達で国民一人ひとりが発信者になっている今、
支出の多少は外出の着こなしに似ている。

貯蓄はするべきだと思う。
そして集約した贅沢日に、
これでもかとデジカメで写真を撮ってみる。

二週に一回、三週に一回の
思いっきり贅沢日記で、全体を華やいで見せるテクニック。


だってよ、デフレが続くと見るのなら
回りまわって将来の収入は目減りするけれど
今の貯蓄は、将来の1.2-1.5-1.8倍の購買力を持つかもしれません。

将来、給料を含めて須らく下落していく時代を感じるのなら、
今、貯蓄して、将来に羽振り良く使えるという選択肢を
残すべきだと思うのです。

le 24 mardi
//勢いよく天井まで//そして打ち止め。
10月の最終週末から出歩いていないので、11月は貯蓄の月。

仮に0円で生きたとしたら手取り分は全て貯蓄。
低金利の時代、貯蓄分を金利で得たとするのなら
僕は月に莫大な給料をもらうことになります。

思ったのは、訳の分からない金融商品で儲けようとするのも良いですが、
月に一度、質素な週末を儲ければ、
儲け分としてみれば、元金はこれまた膨大な投資をしていることになります。

そういう意味で、倹約に勝る金儲けはありません。
どんな金融商品でも、倹約に勝る勢いもありません。

ただし、限度がある。
簡単に言えば手取りが10万円の人は、限界が10万円。
月に10万以上貯蓄はできない。

ただし何かの金融商品で月に10万の利益を得ようと考えるのなら
怪しい世界に足を入れそうでもあります。

さて、
肝心要は精神衛生上健全かということ。
静的でも寝てばかりでいたら脳も萎縮して
平日の生活に影響も出てくる。

質素なのに精神的に充足する週末を
月に1-2回設けたとしたら、
財テクの分野でも秀でた才能の持ち主ということでしょう。

良き循環としては、平日の仕事は頑張る。
休日は静と動を組み合わせて充足の倹約。

le 23 lundi
//旅は情報戦// まず申すべきは、今日も家でゴロゴロ。
快晴でしたが、ノンビリを選択しました。
連休最終日に慌てて出かけるのも滑稽と思いまして。

昔は、シティーホテルに泊まり、その優劣や優雅を計り楽しんだものでした。
今は、地方都市に滞在し、旨い酒や小料理を出す居酒屋で夜を楽しみます。

最も足繁く通うのは長野県の飯田市。
次に同県の伊那市または静岡県の焼津市。
最近は滋賀県の彦根市も熱いです。

さて、そろそろ地方都市で過ごす週末でもしなければ。
例えば、岐阜県の中津川市に狙いを定めたら、
mixiのコミュとかに入り情報収集。

新しく綺麗で、旧市街に位置するビジネスホテル。
旨い料理と酒を出す居酒屋。


ただ思うのは、五日働いて二日逃げている。
これを繰り返せば一年を過ごせるのですが、
なにかその、もう一段階高いと言うか深いというか
生活に新しい層を作りたいと思うのです。

le 22 dimanche
//冷たい雨に地方紙を読む// 読むといってもネットで購入。
この場合、デスクトップで読むのも日常的なので、
ノートを持ち出し読む場所を買えて、心づくしの非日常を楽しむ。

空は暗く冷たい雨がシトシトと降る。こういう雰囲気も大好きです。

明日も休みですが、遠出する気も湧かず、
こうやって静かに過ごす。

ただ100円で読むその日の新聞も一言一句くまなく読むと
相当の時間を要します。

le 21 samedi
//記録、それははかない// この場合、新記録の樹立もいづれ塗り替えられる悲哀を説いているのですが、僕の場合は記録更新中。そこに栄華はなく、ただただ儚い。

と、大げさに書きますが、慎ましい三連休の第一日目。

外出と言えば、ケーキを買いに、それとお茶を飲みに出かけただけ。
このお茶なのですが、最近の週末に照らせば、かなり積極的な行動。

10月の最終週末から、努めて慎ましい。

例えば焼津に行き旨い寿司を食い酒を飲む。
もちろん泊まりでガス代も含めれば、25000円程度でしょう。
それは良いのです。
そういう出費をケチっているのではなく、
その気になれないだけなのです。

今年はまだ一度しか行っていない毒沢鉱泉。
この場合だと30000円。
もちろん行けば、外れない心地良さが待っているのですが
やはり、出かけようとする心持になれないのです。

転地療法よりも
家に居て心地良い時間を選択するのです。

それでも、心のどこかで、何とかしなければと思うのですが
やはり出かける気になれない。

le 20 vendredi
//我侭の果て// 瞬間的な行動力・決断力、勢い。そういう能力は誰もが認めるところ。ところが辛抱ができない。ルールを守れない。

ムシャクシャするからノビ太を殴る、そんなジャイアンみたいな人っているのですよ。殴りはしませんでしたが。


運転の荒さから、免許が停止となった。
だけど車の運転をしたかった彼は、我慢ができず荒い運転をし取り消しに。

天性の才能は、土下座して涙を浮かべて悔いる姿を見せ
身分の剥奪をまぬがれた。若気の至りとして処理される。


ある時、失恋をして、彼はそういう方面で頓挫した。
彼女の方からすれば、彼の天性の才能よりも、
その我侭さに見切りをつけたのでしょう。

欲しいものがあれば我慢ができず買ってしまう。
欲しいというより飲み代かも知れない。

もう10年以上前のことだが給料前に尽きてしまい、
一人につき2000円とかを借りて回り
当座をしのいだ光景は今でも覚えている。

彼の辛抱のなさは、結果的に社内の人間関係から数百万の借金。
噂では社外でも方々に借りて回っているのだろうと。

信じられないのは彼の不遜な態度。
借金を返したくないから返さない。
仕事終わってから飲みたいので飲みにいく。

返すべき相手が近くにいると言うのに、飲みに行く話しをしている。


そのころから酒に溺れるようになった。
誰かを騙しては酒を飲むと言う光景もチラホラと。

しかし内々で済むといえば済む話だったので、
内々に済ましてしまったところもあった。

ある日のこと、お客様から酒臭いと苦情の電話が。
彼をして朝晩とアルコール検知器で調べる。

そうしたら朝に反応するではないか!
始末書を書いた翌日も反応する。
朝から飲んでいたのである。
そして辞表の提出。

ところが周囲の予想を裏切って、辞表は預かりの形に。
「今、会社を辞めると奴はダメになる」との温情判決。

彼は毎朝、禁断症状で手が震える。

このまま更正するかと思っていました。
そんな出来事から半年近くが経過しました。

本日、別のお客さんから同様の苦情を頂く。
三連休明け、解雇されるでしょう。

もはやアルコール中毒患者。
そういう意味では病人なので、同情の余地もありますが、
自ら選んで中毒になっていった。

寛大な処置で更正を期していたのに、無理でした。

ボーナス直前なのに、誰よりもお金が欲しいのに
彼は路頭に迷うことになります。


突き詰めれば、奴は我侭すぎた。これに尽きます。

le 19 jeudi
//と、言うことで// 自らの価値を高めるべきです。もう一度大学に行くのか!? いやいや、その道のプロになるべき。極め極めて、さらに極める。

自分としては無駄の排除に果敢に取り組む。それができる人。
極めて極めて、さらに極めて効率化を追求する。

もちろん既存の枠組みがあり、
どうしても歪な形態をとらざるを得ないこともあります。
しかし、まずすべきことは不良社員の一掃でしょう。

この一掃というのは、例えば加齢に基づき身体能力が低下したことなどは考慮に入れません。生まれつき、穏やかな人もその対象ではないです。

勤労に対して不真面目な者。そういう者には去っていってもらう。

加齢や持って産まれた能力の如何を計るのは人間的に問題があると思うのです。そういう包容力は若い社員の一層の働きで賄うべきだと。

しかし勤労に対して不誠実な者に包容力などありません。
不誠実な態度でも雇用してくれる会社を彼が見つけるべきです。

le 18 mercredi
//労働// 労働とは、つきつめれば衣食住を得ること。直接農産物を育てるもよし、買っても良い。 
ところが縄文時代と違って生産性が高い。働くことにより必要最低限の食べ物以外にケーキなり時に宝飾品さえ買えるようになりました。

働くことは、その果実たる貨幣の行使権を得る。



ところが新自由主義の労働形態により、
働くことが衣食住の確保と≒なりつつある層が生み出された。

我らの労働は価値があり、労働により人生の諸目標が達成できると信じていたのに、長引く不況と新自由主義は労働しても最低限の生活と言う、労働の果実の波及効果が望めない低価値労働の社会を作り出しつつある。

価値ある労働をしているので、贅沢品が購入できる。
この無駄が産業の多様性を産み出してきた。

今、急速に、贅沢から生まれた新しい層が薄くなりつつある。

国民皆勤勉だったころ、それは優秀な勤労者を生み出し、結果として、
日本は生産性も高く、余剰の謳歌を楽しみました。

どこかで歯車がずれたと思う。
新自由主義で当時の与党や産業界が低所得労働者の大量発生を望んでいたのは、あの下賎な雇用形態からも明らかである。
グローバル化という脅し文句に踊らされ、
常に中国を意識した結果なのでしょう。

あの時、そんな選択をせず、国民皆勤勉の素地をもっと強化し、
競争力をつけていたなら、中国という国を上手く利用していたのかもしれません。今となっては国内に「一つの中国に似た層」を作り出しか結果、
余剰から産まれる多様性が急速に萎んでいます。

中国国内には、一つの日本人に似た層が生まれ、
日本国内には、一つの中国人に似た層が生まれた。
(※購買力と言う意味で)

日本国内の市場規模は少子化以上に減衰していると思う。

米百表の精神を説いた某首相の施政方針演説。
今や子供の貧困が顕在化しています。

日本人は皆、勤勉で価値ある労働者だからこそ国力もあったのに、
子供が貧困化しているようでは、この救出は大問題です。

不況から国を救うのは、寄り道に思えるけど新産業の育成と
そこに求められる教育を受けた若者たちだと思う。

教育を軽視しても豊かな生活を楽しめるなんてのは
どこかに植民地でも持たない限りは無理。
そのような身の処し方をした者は
よほどの芸術的素養でもない限り、あっと驚く貧困を浴びるでしょう。
親のような生活ができるなんて思うのは大間違い。
親さえアドバイスのできない貧困が到来します。

le 17 mardi
//小さな木片// 長方形の木片を削り何かの形に導く。その塑像の1-2センチが張るかなる旅のように思えて断念。

自分に悔しいと思うことの一つに芸術的素養の欠如があります。
理想は、自己の創造から価値あるものが産み出される悦びなのでしょうが
全く持って不得手です。


話は関係ないのですが、
AとBがあってAの方が完全に門戸を閉じるのなら、
Aの方から関係を絶つのが大人の礼儀だと思うのです。
そういう決定打を打たずして決定的な態度をとる欺瞞は
たぶん形を変えて多方面にも出ているのでしょう。

職人のような頑固さなのかしもれません。
しかし見方を変えればただの卑怯者だと思うのね。

le 16 lundi
//アホみたいに忙しい日// そんな一日でした。
程度の差はあれ年内いっぱいは忙しさに目も回るでしょう。

さてさて、中毒患者に対する更正への願いは
本人の努力はもちろんのこと、周囲の見守りも無駄のようです。
隔離病棟に閉じ込めない限り、中毒から抜け出せないようです。

裏切られた気持ちで一杯です。
いかに更正するかを考えているのかと思いきや
以下にバレずに取り込むかを考えていました。

人生の皮肉とは、忘れた頃に仕置きが来る。

時差があるのです。

例えば、陰口が時差を生じて露見する。
この時差は当人には皮肉そのもの。

棒茄子をもらうことなく路頭に迷うというか、追放です。
バレずに済んだと思っていても、
仕置きは時間差で到来する。
俺何もしていないじゃん!と言い張っても、無駄になりそうです。

le 15 dimanche
//家でゴロゴロ// ある事を考える。
大好きな天龍村とか歩いたら、不逞外国人なのか国内の大馬鹿者なのか、
道端にある地蔵とかを転売目的に盗み出し、今や盗まれたのか事前に隠したのか、元・地蔵跡を多く見かける。心が深く痛む。

いつの日か、大自由⇔大孤独は到来します。
その時、何をするべきか。

ある事を考える。
それは今からしても良い。

木彫りの仏様。
暇に任せて彫ってみて完成したら
そんな元・地蔵跡に置いてみる。
下らないものならいづれ朽ち果て自然に帰ることだし
仮に信仰の対象とかになるのなら
僕という固体は死んで灰になったとしても、
この世に何かを残したという満足感を得られます。

この道を選択して、年老いて焦るとしたら
後世に残せるものの有無。
遺伝子的に絶えるのだから、年取ったときの焦りは
かなりあるかもしれません。

結局、老いてもなお、どこかに楽しみがないとダメなのです。
まさに死のうとしている、その過程を歩んでいる瞬間にも
楽しみがないとダメだと思うのです。

le 14 samedi
//雨音を聞きながら//ベッドでうつらうつら過ごすのは大好きです。
これが週末だと存分に楽しめる。  なのに昼前にはやんでしまった。

この週末も癒すことを目的としそうです。
つまり自宅湯治。
これはこれで出費は抑制され意味はあるのですが
ニートの類の過ごし方に転落してしまうと、人生の質も手放しそう。

自宅にてノンビリと過ごし疲れを癒すのですが、
なにか静的な時間の中に充足感がほしいのです。

さて、心のうちに思うのは孤独に向けた準備。
僕は警戒心が強いのか、今から準備しているようにも思える。

その準備のためにせっせと貯蓄したりする人もいますが
その方面は僕は苦手です。

僕が考えているのは、この暇な静的な土曜日が
いつの日か日常となるはず。
そのとき、酒に解決策を見出すアホな逃避とかを警戒するのです。

僕は考えるのです。
この道を選択した者には、自由の変形としての大孤独が
必ずついてくると。この大孤独が苦でもなく、楽しいと思えるような
心の芯やしなやかさを今から身につけるべきだと。
それが若い頃にするべきことだと。

le 13 vendredi
//驚くべき時間の使い方// mixi日記を拝見していて、今まで、その時間の過ごし方に感服した日記が二つあります。  この二つはマイミクさんの日記ではありませんが、同じく一人旅ばかりの自分にとって、完敗というか感服、平伏、脱帽。。。。。

一つは、名古屋から苫小牧まで二人分の料金を払って上級の部屋に泊まり、ただただノンビリと北海道を目指した人の日記。

もう一つは、大阪から寝台特急に乗って札幌。こちらも上級の部屋に泊まって時間を楽しみながら北海道を目指す。


一人で過ごすことがほとんどの僕ですが、はやり使い分けには心をくだくべきだと思うのです。  情緒的に、本当に静かに静かに過ごすのも良いし、
同じ一人であっても凛として過ごす時間。

11月には三連休があります。どうして過ごしましょう。
はっきり言えることは、直前の疲労具合。
軽度なら存分に楽しめるのですが。

le 12 jeudi
//情緒的に生きる// NHKラジオ深夜便。2年ほど前、11時台にナイトエッセーというコーナーがありました。有名人ではないのですが、方々で努力されている方が出演し、月-木まで10分程度のお話をする。

あの頃、仕事が忙しくて、風呂のラジオで聞きながら寝てしまったり。
特に、コーナーが始まる前の5秒ほどの音楽も良い。

有名人ではない努力家のお話。
このコンセプトがとても魅力で大好きだったのに。

もう二度と聞くこともないと思っていたのですが、、⇒
このお話も聞いた覚えがあります。

一日の終わりの11時台。なんと情緒的な時間でしょう。

思うのです。情緒とは自分にとっては静的な充足した時間。
これは、例えば農家の軒先に吊るした干し柿かもしれません。
とても些細な日常の細々としたこと。

それを如何に自分のまわりにおくことができるか。

豊かな生活とは、如何にして情緒的に過ごせるか。
11月から忙しい。週末は情緒的に過ごしたい。

le 11 mercredi
//震え// 今もなお震えていると知り、正直驚く。最悪期に別人が手が震えだしたら5年以内に死ぬと言って、そのあまりの唐突具合に、度の過ぎた冗談だと笑ったのですが。未だ震えている。

立ち直るのに誰も邪魔しない。つまり365日、そのチャンスは邪魔されることなく彼の中にあるのに、立ち直ることを選択しない。
残された時間は短いはずなのに。。。。いやはや。

le 10 mardi
//良い子生活// 11月になり仕事が年末モード。一日12時間労働。この繰り返し。  乗り切るのに、僕が選んだ策は、栄養ドリンクでも酒でもない。ただただ早く寝ること。

ところが早く寝れるのですが、実に変な夢を見る。
実生活では考えられないシーンの連続です。
いやいや起きていて、変なシーンを考えろと命令されても
思いつかない変態世界。

精神に、分裂の気がある人は、
こういう夢世界のハチャメチャを昼間脳に感じ、
言葉に出してしまうからなのでしょうか?


こんな夢のシーンを見ました。

ある男が(時に僕で、時に遠巻きに見ている他人)、
目の前の男から告白される。
ただ、その相手は変な人で、俺は男の人に愛を感じるとき、
こう表現するといって、口が裂け、時に僕であり、
また別人の頭部を首から上全て飲み込む。
苦しいのですが、窒息することはない。
口裂けの男が鼻から取り入れる空気によって
時に僕また別人は奴の口腔の中で生きながらえる。

これこそ究極の愛の表現だと、恐怖の反面、
実は、動物や異性人の世界では、稀にある表現行動であり
なるほど納得と、うなずく、僕であり時に他人。


他にも変なシーンを沢山見ていたのですが
今もなお記憶に残ったシーンはこれ一つ。

こんなシーンは、100年頭を捻っても考えられないのに
夢の中ではスラスラと湧き上がるのだから、
夢は変態であり芸術家であり、
無価値であって価値の源泉なのかもしれない。

なぜ、同一人物の脳内なのに、
この僕が考えることもできないシーンを寝ている僕は編み出すのだろうか?

le 9 lundi
//病理の域を一つ// 寝る前、万人はベッドの中で好き勝手な映画を上映しているとは、もうこの日記に何度も書く言葉ですが、僕にはそれにまつわる病理が一つ。

そう、それはもはや病理の域。

つきつめれぱ、人を愛することのできない心の持ち主になるのでしょう。

全く干渉も制限もない自由劇場なのに、
僕が上映する勝手な映画は、
諸々の理想や憧れを体験している内容なのですが、
様々な理想系に、出演者は僕一人。

例えば、山村の日本家屋で、憧れとする旧式の生活。
しかし、それは一人で生きる姿。

南の島の生活でも、僕一人の解決策。
船旅でも飛行機のファーストクラスでも、
どこか立派なアパートの都心での生活も、
やはり、そこには僕一人の悦の世界。

たまに誰かを招待する程度なのです。


理想を思い描くとき、僕は必ず一人になる。
たぶん、対人関係の究極に不信があるのでしょう。
今になって老いた両親の仲も、老いが故、棘もなくなりましたが、
記憶が定まってから、30台の前半まで、それはそれは険悪でした。
離婚を勧めたことも何度かありましたしね。

最も濃い人間関係。血縁。そこに僕は信じられない何かがあるのでしょう。
血縁ですらこの有様なので、、、ってことでしょうか。


理想は、金持ちでも権力者でもない。
ただただ平安な日々。
その平安を講ずるのに最適な環境が一人でいるということ。
それを僕は体で学んだということです。

le 8 dimanche
//飢饉は二年から続く// 天龍村史。 初年度、飢饉が発生すると、翌年の種籾とかも食べてしまうので、また飢饉。
江戸時代の三大飢饉の記述とか読むと、松の皮まで食べたと。
村人の85%が餓死したから藩に緊急の食糧援助の申し出とか。

さて、そのような困難を経て体制側も飢饉に備えて備蓄を奨励。
やはり雑穀の類です。そり事細かな記載から、気の入れ具合が分かります。

++++++++++++++++++++
これら三大飢饉は10年のうち6-7年が飢饉という有様で、
犬や猫まで飢え死にしたという。

今の世の中、そんな食糧難は考えられませんが、
10年のうち6-7年は不景気です。


経済の歯車が壊れたとき。
例えば、85%の人が失業するとかの大恐慌がおこったとするなら、
やはり意味するのは、住む家と食べるもの。
都市部は荒廃し治安も悪化。

いきなり、その年に開墾して収穫を期待するなんてのも無理。

例えば、田舎に別荘を持つ。
家の近くに池を作り、蓮の花でも植える。
普段は、蓮根。でも、食べるためには、土をいれ、田んぼとなす。

普通の土地から田んぼへの変換なんてのは、かなり難しいので
そんなことを考えてしまう。

あとは、土地という土地に作物を栽培し、別荘に住み、育て上げ、
都市部の治安が回復するのと、経済が好転するのを待つ。

そんなことを考える僕は、やはり変だ。

現実的な備えは、やはり貯蓄。
でも、もっとも安心できるのは、
食べていけるだけの耕地を自前で持つことか。

le 7 samedi
//変な夢// 
高校のクラスで僕はいじめられる。
真面目に勉強したい僕を、複数の男女が邪魔をする。
邪魔というより、精神を折らせるイジメ。

とにかく僕は耐える。

夢終わる。

注。高校には楽しい思い出はありませんでしたが、
  いじめられたりすることはありませんでしたので、念のため。

+++++++++++++++++++++
色々と考えた。

今日明日の安楽を追い求めるあまり、長き未来の栄光を失う、ということ。

耐えることは大切だが、厳正に抗議して即イジメを止めさせる解決こそ
時間的にも、最も意味のあること。

そう思っていても、あの頃に戻るには20年前。時は過ぎ去ってしまった。

le 6 vendredi
//見分// 大水害が起きたとき、村の名士は流出帳をつけて代官へ提出。
また代官に直接見てもらいたいために見分を依頼。

この酷さによって当年の年貢を割り引いてもらう措置を得る。

さて、年貢の掛け率はどうなっているのでしょう?
検地と言うのが行われ、その村の田畑の面積を調べ上げる。
次に問題なのは、この田畑の品質が上か下か。
ここは村の名士の嘆願の見せ所で、いかに下な田畑が多いかを説く。

同じ面積でも、下と評価される田畑が多ければ、年貢は少なくて済む。

米が経済の礎となしていた江戸時代。田んぼのない天龍村は、
博木といって、材木を年貢代わりにしました。
天竜川沿いから筏で遠州へ。その量は膨大で、江戸の町を築き上げました。


さて、今週末は、三重県の祖母の家。
天龍村で過ごす週末は、その次にしましょうか?

le 5 jeudi
//トヨタ-豊田-挙母// 伏見から豊田新線で豊田市まで。
なんと遠い鉄道の旅であろうか。 御通夜。

折れ線グラフで都市部のピークを表すと、名古屋中心部がその頂点で、どんどん下降して豊田方面へ。そして豊田市でまた盛り上がる。

豊田市の駅を降りたとき、思いのほか街で驚く。
ブラリ歩きをしてみたいと思いました。




幼少の頃、高熱で脳に損傷を受け、それが結え、判断力に遅滞なるものを感じる。ただそれは、社会福祉の領域ではなく、健常者の枠内の、とてもとても小さな話。  そんな小さな話を聞いて、僕は良かったと思った。

それは本人に罪なき事柄。子供の貧困と同じです。当の本人には全く責任がない。それを責め立てるのは、人間として非のあること。
小さな話しだけれど、忘れてはならないと思いました。




//日本語の変遷// 天竜村史。江戸から明治。大激変です。ところが明治に入ってもしばらくの間は江戸時代の統治機構が残ったりしていて、それが面白かったです。満島番所というのがあったのですが、明治元年に取り壊しではありません。明治八年まで業務。 さて、歴史が浅くなると残る書物も多くなる。

飯田藩へ、伊那県や筑摩県に宛てた嘆願書などをみると、日本語の変遷が良く分かる。いつまで○○で候(そうろう)と書いてあるのかと、変なところに関心を持ちまして読みました。確か、明治の30年代にそんなのがあったような。

le 4 mercredi
//独身男性の母の死// 今日、そんな訃報が入り、ただちに退社させる。
荒らしのような激務はこれから。 仕方ないことですが、するべきことは仕上げるのが仕事というもの。しばらく目も回る忙しさでしょう。

//家伝記の改ざん// 天龍村史豆知識。天竜村には、熊谷家伝記なる古くからの家伝記があり、民俗学者の間では有名だそうです。

さて、この家伝記は改竄が当たり前。
歴史書を子孫が書き直したら、その価値はなくなる!とお思いでしょうが、
書き直すのが当たり前。それは生きる知恵。

では、書き直すくらいなら、なぜ破棄しないのかというと、
長い歴史が権利書の意味を成すからです。

この土地は、我が一族のものと言える為には古い家伝記が必要。
しかし、古いと、現政権と相対する血筋とか関係の人物も出てきてしまう。
そこは、時々の権力者に迎合するよう、家長が書き改める。

結果、現代の学者が読めば滅茶苦茶な内容もままあるになってしまいますが、それが生きるための知恵の結晶。

土地争いで、飯田の町の奉行所に出向くとき、いやいや地区の衆を説き伏せるのに、古い家伝書を持参する意味は決定的だったそうです。

le 3 mardi
//自主出勤// 午前中は、仕事が気になって、休みというのに自主出勤。

帰り際、和菓子屋による。
家に戻って、茶を点てる。

//焼畑// 父上の祖母が、その山奥に嫁入りしたのが明治の35-40年らしい。父上曰く、祖母の言として、当時、焼畑をしていたという。

その焼畑の知恵も天竜村史に載っています。こちらは戦後しばらくしても行われていたという、焼畑の本丸。

まず、焼く範囲の木々を伐採する。
周囲に堀を巡らす。
斜面の上から火をつけ下に延焼。大火にさせない知恵です。
必ず事前に報告し、見張りを頼む。

焼いてしまえば、六年ほど畑として機能する。
徐々に栄養分を必要としない作物に変える。

最初の年は、焼いたあとに種をまくだけで
雑草の心配もなかったそうです。

何から植えていくのか詳しく書いてあるのが天竜村史。
飽食の今となっては、全く実用性のない知識ですが、
読んでいて、なんと楽しいのか。
平成の時代にあって、だれが焼畑のイロハを教えてくれるというのか。

この本は、読んだものの勝ちです。

le 2 lundi
//今週は、、//天竜村史読破の暁に、今週は、上下巻併せて面白かった記述をつらつらと書き綴ろうと思います。

さて、天龍村とは長野県では二番目に南の自治体。僅差ではありますが、南端は根羽村、続いて天龍村。

単純な物言いをしますと、南のほうが暖かい。
ところが、根羽村と天龍村は、同じ南の端に位置しているものの、
根羽村は高原の村。天龍村は、天竜川が流れ、標高も低く、
長野県にあっては、棕櫚の木や柚子なども産する温暖な側面があります。


岩石から植物、動物に神社仏閣。細かな歴史を詳述。

この村に魅せられるのは、生きる知恵そのもの。
つまり、米がとれない急峻な斜面の村に、いかに生きていくかの知恵。

村に自生する植物を、事細かに列記。そのなかで、食料になるもの、染物の原料になるもの、繊維が取れるもの、代用タバコになるもの、各種の薬や阿片に似たような成分があるものなど、用がなすものに関してはいろいろと併記されています。

ある植物の種子を鉄片と一緒に壺に寝かせて、鉄漿(オハグロ)の原料にする。最後の鉄漿夫人は昭和30年代だったそうです。

さて、三重県旧一志郡美杉村。我が父上の祖母が、やはりその昔、鉄漿をしていたそうです。  戦後、10-20年くらいまでは、日本の山奥の細々としたところには、江戸の風俗が生きながらえていたということでしょうか。

le 1er dimanche
//本を読みやすく// 買えば5000円とかするだろう読書台。
ありあわせのもので作りました。0円!!


家にあった丸太を角度調整の土台とします。


足が壊れた踏み台をノコギリで分解。天面を利用。
そこに滑り止めのための半分に割った蒲鉾の板。
丸めた簾は両腕を置きやすく。



角度がついて、本も読みやすく。
両腕に集中する上半々の重みも、やわらかい簾で体圧も分散。

天龍村史読破できました。一年と三ヶ月。 

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